コラム

今度は元慰安婦の賠償請求却下、韓国では一体何が起こっているのか?

2021年04月22日(木)11時16分

原告の一人で元従軍慰安婦の李容洙(写真は2019年2月1日、ソウル) Kim Hong-Ji- REUTERS

<「請求権協定で解決済み」のはずの慰安婦問題や徴用工問題を何度も蒸し返して混乱を招いてきた韓国の司法判断は、今度こそ理解を超えたように見える>

日韓関係を表現する言葉の一つに「ゴールポストを動かす」というものがある。言うまでもなく、両国関係において韓国側が法律等の解釈を大きく変え、自らに有利な様に捻じ曲げている事を揶揄する表現である。その表現の良し悪しや上品さを巡る問題はさておくとして、第二次世界大戦後、韓国側が日韓両国間に横たわる様々な条約等の解釈を幾度も変えてきたことは事実である。

例えば日韓両国における最も大きな紛争の対象の一つとなっている、1965年の日韓基本条約締結における付属協定の一つとして締結された「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定」、いわゆる請求権協定がその典型的な事例である。即ち、1965年から92年1月まで、韓国政府は日本政府と同じく、慰安婦問題等を含めてあらゆる問題は、この請求権協定によって解決済みである、という解釈を有していた。

請求権協定の解釈が二転三転

しかしこの解釈は、慰安婦問題の激化した92年1月に一旦、慰安婦問題を例外とする形で修正される。だが、翌93年に成立した金泳三政権は慰安婦問題について「物理的補償を要求しない」事を決定し、請求権協定は再び元の解釈に戻る。その後、2005年、盧武鉉政権は日韓基本条約等締結に至るまでの外交文書の精査を経て、サハリン残留韓国人、元慰安婦、在韓被爆者の三者を請求権協定の枠外とする解釈を公式化した。

ここまでの韓国における請求権協定解釈の変更主体は、行政府であった。しかし2010年代に入ると一転して解釈変更の主体は司法府になった。2011年、慰安婦問題に関わる韓国政府の不作為を違憲とする憲法裁判所の判決を皮切りに、韓国の裁判所は歴史認識問題に関わる判決を積極的に出すようになり、2012年には日本の最高裁に当たる大法院が、元徴用工問題に関わる下級審の判決を差戻し、原告の請求権を認める形での見直しを求めている。言うまでもなく、これが確定するのが2018年10月の大法院による日本企業への支払い請求を認めた判決になる。

そして今年1月8日。ソウル中央地裁は日本政府への慰謝料等を求める元慰安婦等の請求を認める判決を出した。判決は、韓国の裁判権を認めない日本政府がこれを無視し、控訴を行わなかった結果、早くも同月中に確定した。こうして、韓国では遂に慰安婦問題に限定されたものではあるにせよ、遂には日本政府への慰謝料請求権までが認められる事となった。歴史認識問題に関わる日本側の負担範囲は広がるばかりであり、請求権協定は事実上無効化するのではないか、との危惧すら囁かれた。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

透析・手術用の品目、「安定供給図る体制立ち上げた」

ワールド

トランプ氏、NATOへの関与に否定的発言 集団防衛

ワールド

北朝鮮が固体燃料エンジンの地上燃焼実験、金総書記が

ワールド

ウクライナ大統領がUAE・カタール訪問、防衛協力で
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:BTS再始動
特集:BTS再始動
2026年3月31日号(3/24発売)

3年9カ月の空白を経て完全体でカムバック。世界が注目する「BTS2.0」の幕開け

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「水に流す」日本と「記憶する」韓国...気候と地理が育んだ「国民意識の違い」とは?
  • 2
    記憶を定着させるのに年齢は関係ない...記憶の定着度を決める重要な要素とは?
  • 3
    オランウータンに「15分間ロックオン」された女性のSNS動画が拡散、動物園で一体何が?
  • 4
    ビートルズ解散後の波乱...「70年代のポール・マッカ…
  • 5
    ロシア経済を支える重要な港、ウクライナのものと思…
  • 6
    【銘柄】東京電力にNTT、JT...物価高とイラン情勢に…
  • 7
    ヒドラのように生き延びる...イランを支配する「革命…
  • 8
    映画『8番出口』はアメリカでどう受け止められた?..…
  • 9
    ヘンリー・メーガン夫妻の豪州訪問に3万6000人超の反…
  • 10
    カタール首相、偶然のカメラアングルのせいで「魔法…
  • 1
    ヘンリー・メーガン夫妻の豪州訪問に3万6000人超の反対署名...「歓迎してない」の声広がる
  • 2
    三笠宮彬子さまも出席...「銀河の夢か、現実逃避か」モナコ舞踏会に見る富と慈善
  • 3
    「水に流す」日本と「記憶する」韓国...気候と地理が育んだ「国民意識の違い」とは?
  • 4
    レストラン店内で配膳ロボットが「制御不能」に...店…
  • 5
    中国の公衆衛生レベルはアメリカ並み...「ほぼ国民皆…
  • 6
    記憶を定着させるのに年齢は関係ない...記憶の定着度…
  • 7
    中国最大の海運会社COSCOがペルシャ湾輸送を再開──緊…
  • 8
    イランは空爆により核・ミサイル製造能力を「喪失」…
  • 9
    映画『8番出口』はアメリカでどう受け止められた?..…
  • 10
    作者が「投げ出した」? 『チェンソーマン』の最終…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 6
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 7
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 8
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 9
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 10
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story