コラム

わが家と同じ住所の「もう1つの家」が存在したら......不安と恐怖と怒りの実体験

2023年10月20日(金)15時10分

当然僕は、誰かが僕の住所を公共の手続き上で乗っ取っているのではないかと心配になり、その次には僕の住所を使って銀行ローンが組まれたり、さらには借金取りやらの面倒ごとが僕の家に舞い込むのではないかと不安に駆られた。スピード違反の罰金を払えとか? 水道光熱費請求の最終通告とか?

そしてどうやら、その謎の誰か宛ての郵便物が1つ、行方不明になったようだ。なぜ気付いたかというと、政府の管理部署から、文書をどこにやったのかと、僕(「占拠者」)に尋ねる手紙が届くようになり始めたからだ。そこには14日以内に所定文書に記入して説明するか、あるいは記載の電話番号に連絡するように、などと書かれていた......。この時点で、僕は弁護士を雇うところだった。まるで僕が誰か宛ての郵便物を勝手にいじり、罪を犯したような感じになっていたからだ。

イギリス的な問題が凝縮している

ここに記したのは、事の顛末のとても短いバージョン(本当は何年にもわたり多くの紆余曲折があった)。でも最後には、僕はこの謎を「解決」した。

僕の家の通りから離れた空き地に、新しい住宅が建てられた。建設前から家々には1から12の番号が割り振られた。そのうち何軒かは完成前に実際に売却が成立した(イギリスでは「オフプラン」と言う)。でも完成した時、何かしらの失態により、そこの小さな通りには名前が付いていなかった。だから開発業者が僕の家の通りの名を使うことにした、ということらしい(開発業者が書類手続きを期限に間に合わせなかったか、あるいは地元当局が要件を満たさない未舗装道路に通り名を付けることを許可しなかったのだろう)。

家々には建前上、番号ではなく名前が付けられた。「ザ・コテージ」「ザ・ロッジ」などだが、番号はドアに貼り付けられたままだった。わが家と同じ番号が割り振られた家は、不動産屋が名前ではなく番号で記載・登録した。これを購入したのは、おそらく細かいことなど気にしない賃貸業者だったのだろう。所有する資産の中のただの1つ、くらいに思っていたのでは。そうしてこの家は、事情を知らない渡英したばかりの移民が借りることになった。業者は彼に、これが彼の住所だと話し、彼もそれを信じたのだろう。

これで話が終わりだったら良かったのだが。あるとき僕が休暇から帰ってくると、ドアにメモが挟まっていた。「この家は空き家です。詳しい情報は以下の電話番号にお問い合わせください。075xxxxxx」。僕は意味がわからず、不安が押し寄せた。近隣の何者かが僕が不在にしているのに気付き、僕の家を不法占拠者に貸し出す計画でも立てていたのか? このメモは最初はわが家のドアに貼り付けられていたのを、親切な隣人が気付いて「隠しておいて」くれたのだろうか?

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

北朝鮮の金総書記、24日に長距離ミサイルの試射を監

ビジネス

訂正米アップルCEOがナイキ株の保有倍増、再建策を

ビジネス

仮想通貨交換コインベース、予測市場企業を買収 事業

ワールド

ホンジュラス大統領選、トランプ氏支持のアスフラ氏勝
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 2
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足度100%の作品も、アジア作品が大躍進
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 5
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 8
    ゴキブリが大量発生、カニやロブスターが減少...観測…
  • 9
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 10
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 4
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 7
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story