コラム

住宅問題のせいでイギリスの階級的分断が再び拡大する

2023年08月14日(月)20時00分
イギリスの住宅

もはやイギリスでは普通に働く人が家を買えない状況に VictorHuang-iStock

<イギリスの住宅価格が高騰し続け、もはや平均的な労働者が家を買うことが不可能になった今、相手の経済状況や住宅事情を気にせず階級を超えて結婚することも不可能に>

最近、イギリスの住宅危機について記事を書いた。これは僕が本当に気に病んでいるテーマで、何度かこれについて書いている。この問題に僕がのめりこみ、ショックを受けているのは、どうやらこれが「階級を超えた結婚」が減っている理由の1つになっているようだからだ。

大まかに言うと、30年前は平均的な働く男性なら、家を買うことが可能だった。もちろんいつの時代だって、どんな人が、どの地域に、どの年齢で家を買えるのか、というのには大きな個人差がある。労働者が高級住宅地の西ロンドンにセミ・デタッチド・ハウス(2件棟割り住宅)を買うことは当時も無理だった。裕福な人でも、手始めに購入するのは「スターターホーム」(いずれ住み替えを考えるまでの、小ぶりな物件)だったかもしれない。でも全体的に見ればポイントは、シングルインカムの人にとって家を所有することは達成可能な夢だったということだ。

年月がたち、それは次第に手が届かないものになっていった。まず、家を買うにはもっと高い収入が必要、あるいは以前だったら「ゾッとする」「想像を絶する」レベルと思われていたような多額のローンを抱える覚悟が必要になった(年収の2.5倍というのが通例だったが、今や年収の4~5倍)。

次に、「最初の家を購入する」平均年齢にも影響は広がっていった。かつては29歳が普通であり、思い切って自分の家を持ちたくなるような年齢を多少なりとも反映していた。それが今では34歳に上昇し、ロンドンではさらに平均年齢が上がっており、さらには30代後半とか40代で住宅市場から締め出されている膨大な数の人々は統計に含まれていない。

今や人気エリアの多くでは、シングルインカムの人が家を買うのはほぼあり得なくなった。その理屈はシンプルだ。銀行は大抵、年収の5倍までしか貸してくれないが、平均的な住宅の価格は平均年収の9倍くらいだからだ。ゆえに、平均的な家を買うためには2つの収入が必要になる。

たまたま僕は今、休暇に出掛けている友人の「キャットシッター」としてロンドン郊外の素敵な家に滞在している。静かで奥まった行き止まりの路地にある家で、だから隣近所はみんな知り合いであり、基本的にはこの20年以内に買われた家(僕の友人の家もそうだ)はどれも、ダブルインカムの専門職の人々が購入していた。でももともとは、これらの家はビクトリア朝時代に(今はなき)ガス工場で働いていた労働者階級向けに建てられたものだった。

別れたパートナーと暮らし続ける人も

他に家を購入する手段といえば、いわゆる「ママ&パパ銀行」に頼るというもの。つまり、大抵は無利子で両親に金を借りるか、返済不要の「早めの」遺産相続として金をもらってしまうというケースさえある。

遺産相続もまた家を買う手段になる。愛する家族・親戚に早めに亡くなってもらい、財産を相続すると、状況が一変するのだ。ろくな考えではないが、それが現実だろう。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

日米韓が合同訓練、B52爆撃機参加 3カ国制服組ト

ビジネス

上海の規制当局、ステーブルコイン巡る戦略的対応検討

ワールド

スペイン、今夏の観光売上高は鈍化見通し 客数は最高

ワールド

トランプ氏、カナダに35%関税 他の大半の国は「一
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 3
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 6
    アメリカの保守派はどうして温暖化理論を信じないの…
  • 7
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 8
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 9
    ハメネイの側近がトランプ「暗殺」の脅迫?「別荘で…
  • 10
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story