コラム

スローガンは立派、でも中身に乏しい政策目標はイギリスも

2023年01月30日(月)16時45分
リシ・スナク英首相

就任からずっと存在感の薄かったスナク英首相が突如、意欲的な政策を掲げたけれど(1月19日、英モアカム) Owen Humphreys/Pool via REUTERS

<就任以来「雲隠れ」を非難されていた英スナク首相がついに動き出したが、どの大胆な政策も実現性は怪しい>

政治オタクの人なら、1月のイギリスは驚くほど興味深かったはずだ。

まず、リシ・スナク英首相が5つの公約を発表した。これによって次の総選挙で有権者が彼の政権を判断できるとのことだ。

これは、いくつかの点で意義深い。スナクは首相就任以来「姿が見えない」「メディアから雲隠れしている」などと非難されていたが、いまや舞台の中心に登場して自身がリーダーであることを見せようとしているからだ。

さらに、保守党は「アイデアを出し尽くし」ており単に「政権与党の地位にしがみつくだけが目的」と思われていたが、今やスナクは政府の信念や政府が達成し得ることを宣言している。

2つ目に、憲法上の膠着状態になっている問題がある。

スコットランド自治政府は性別変更の法的手続きを簡易化する法案を可決した。(複雑な法律を簡単に説明すると)16歳以上の人なら自身で性別を「自己申告」できるとする法案だが、英中央政府はこの法制化を撤回すると発表した。スコットランドの権限移譲以来初めて、英中央政府はスコットランド議会の決定に対する拒否権を行使する構えだ。

英中央政府はスコットランド法35条の但し書きにより、イギリスの法律との整合性に悪影響を及ぼすと判断した場合、スコットランド議会の法案を阻止できるとしている。英政府は、スコットランドの人々が性別を選べるようになる法律を認めることは、イギリスの現行法とも女性の権利を守る平等法とも相いれないと主張している。

だが重要な点は、スコットランド議会がこの法案を可決し、イギリス政府がそれを撤回しようとしているということであり、こうして自治政府の限界が示され、(スコットランドのナショナリストたちにとっては)完全独立が必要であるとの正当性をますます高まることになるということだ。

1つでも劇的な変化は期待できない

3つ目に、英政府は「レベリング・アップ(不振にあえぐ地域を活性化し地域格差を減少させる)」政策でどの地域に資金を投入するかを発表した。

不振に苦しむ地域での効果的なプロジェクトに公的資金を転用する、というのがその考え方だ。イギリスにはかなりの貧富の格差が存在し、かなりの確率でそれは地域差による(例えば南東部は北東部地域よりずっと裕福だ)。才能と野心のある人々は可能性に恵まれた場所に移ってしまいがちだから、この状態は延々と続く傾向がある。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

プーチン氏、インドに燃料安定供給を確約 モディ首相

ビジネス

ネットフリックス、ワーナー資産買収で合意 720億

ビジネス

米ミシガン大消費者信頼感、12月速報値は改善 物価

ワールド

米中が閣僚級電話会談、貿易・経済関係の発展促進で合
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い国」はどこ?
  • 2
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 3
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開きコーデ」にネット騒然
  • 4
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 5
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 6
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 7
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 8
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 9
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 10
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 1
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 2
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 5
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 6
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 7
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 8
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 9
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 10
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story