コラム

世界初コロナワクチン接種イギリスの第1号女性に、イギリス人の本音は

2020年12月14日(月)13時21分

「トップをきって新型コロナウイルスのワクチン接種を受けたマギー・キーナンは、慎重かつ巧妙に人選された Jacob King-Pool-REUTERS

<第1号は「工業都市に住む90歳の女性」だった。イギリスでは今、副作用の懸念や効果の度合いより、人々の関心はひたすら「優先順位」と「自分はいつ受けられるか」>

これは確かに「うれしい悩み」のうちに入るが、それでも悩みには違いない。

人々の命を守り、人々にある程度の日常を取り戻してくれて、経済を救ってくれるであろうワクチンを、どうやったら公平に配分できるだろうか、という問題だ。いったい誰から始めるのだろう?

第1号になったのは、「(内陸部の工業都市)コベントリーに住み孫もいる90歳の女性」マギー・キーナンだった。

僕たちは皆、以前よりはPR戦略だの情報操作だのに鋭くなっている(ひねくれている?)から、イギリス中で何千人もがワクチンを接種することになる初日に、なぜ彼女があえて正式な「1番乗り」の人物として選ばれたのだろうか、と話題にせずにはいられなかった。

その人物は、ロンドンの住民から選ぶわけにはいかなかった(そんなことをすればロンドンを拠点にする政治家連中が首都を厚遇しているように見えてしまう)。たとえ健康上の潜在的リスクが高くても、裕福な60歳のビジネスマンを選ぶわけにもいかなかった(そうすれば「金持ち優先」的な雰囲気になってしまうから)。

イギリス社会は今や、特別な配慮を求める人種的マイノリティーを優遇していると思い込んでいる白人が多くなっているから、BAME(黒人、アジア系、その他マイノリティー人種)から選ぶのも避けたほうが賢明だろう。

でも、キーナン夫人のアイルランドなまりは誰が見ても明らかで、だからこそ彼女を選んだのは賢い選択だった。彼女は「白人イングランド人」ではないが黒人でもなく、近年やって来た移民でもない。ファッショナブルでも裕福でもない街の住民で、つまりは(地理的にも隠喩的にも)イギリスの中央にいるわけだ。

彼女にワクチンを注射した看護師はフィリピン人だった。そこには巧妙な「メッセージ」が用意されていた。僕たちのイギリスは多様性に富んだ国であり、移民は僕たちの医療システムに極めて重要な役割を果たしてくれていて、ワクチンは国民みんなのものなのだ、と。

そしてもちろん、キーナン夫人はチャーミングで前向きで、ワクチン接種は素晴らしいことで何ら不安は感じておらず、病院スタッフに感謝している、と皆に喜んで語り掛けた。ウイルス懐疑派よ、これでもくらえ!

今のところは、たとえばイギリスを構成する4つの国(イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド)のそれぞれに大規模なワクチンセンターを設立するなどして確実にワクチンを公平に分配する見込みのようだ。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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