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アングル:米企業、ジャストインタイムの在庫管理にAI活用 トランプ関税に対処

2025年08月15日(金)18時26分

 米芝刈り機メーカー、トロなどのメーカーは、トランプ米大統領の関税措置が二転三転しても大慌てしていない。写真は深センの港にある物流センター。5月9日、深センで撮影(2025年 ロイター/Tingshu Wang)

Mark Bendeich

[ロンドン 13日 ロイター] - 米芝刈り機メーカー、トロなどのメーカーは、トランプ米大統領の関税措置が二転三転しても大慌てしていない。

コロナ禍から今日の貿易戦争に至る5年間、サプライチェーン(供給網)が劇的な混乱に見舞われたにもかかわらず、トロが倉庫いっぱい在庫を積み上げたいという誘惑に負けることはない。

「当社の在庫レベルは、おそらくパンデミック前の水準だ」。トロのサプライチェーン(供給網)管理責任者、ケビン・カーペンター氏は中西部ミネソタ州ミネアポリスの社屋で余裕の表情を浮かべた。「つまり、2019年だ。皆、2019年の水準に戻ると思う」

米製造業では今年、トランプ氏の関税引き上げまでに間に合わせようと在庫を急増させる企業もあったが、関税の引き上げ時期は繰り返し延期され、在庫は乱高下した。しかし、米供給管理協会(ISM)のデータによると、在庫はコロナ禍後の拡大期を経て、大半の企業で縮小している。

代わりに復活しているのが「ジャストインタイム」の在庫管理、つまり必要な時に必要な分だけ商品を注文することで効率を向上させ、無駄を削減する手法だ。

とは言え、関税の適用税率がころころと変わり、輸出禁止措置が突然発動され、紛争が激化する今、企業はどうすればスリムな在庫を維持できるのだろうか。

その答えの一つが人工知能(AI)だと、企業幹部らは指摘する。

トロのカーペンター氏は、トランプ氏のSNS投稿から鉄鋼価格まで、事業に影響を与えそうな日々のニュースをAIに分析させ、カスタムメイドのポッドキャストに編集させて毎朝聞いていると明かした。

彼のチームはまた、生成AIに膨大なデータを分析させ、どの部品をいつ、どのサプライヤーから何点購入すべきかを提案させている。

こうしたAIの使い方は急成長産業となっている。米調査会社ガートナーによると、現在、学習機能や、場合によっては自ら仕事をこなす能力を備えたサプライチェーン用生成AIなどのソフトウエアに対する企業の支出は27億ドルだ。これが2029年までには550億ドルに達する見込みだ。後押しする一因が、世界的な不確実性だ。

<過大評価か>

マッキンゼーのサプライチェーン・コンサルタント、マット・ヨヒム氏は、AIツールは「この製品を100トン、この工場からあの工場に移送できると思います。それでよろしければ『承認』をクリックしてください」と提案してくるだけだと説明する。

ガートナーによると、サプライチェーン用ソフトウエアで世界最大級の企業(売上高ベース)はドイツのSAP、米オラクル、米クーパ、米マイクロソフト、日本のパナソニックの子会社ブルーヨンダーなどだ。

生成AIは誕生から日が浅く、業界専門家によると大半の企業がまだ小規模な試験導入にとどまっているが、大規模展開の時期が来れば投資額は数億ドル規模に膨らむ可能性がある。例えば、自ら決定を下すことができ、データ管理などのために高額を要する更新が頻繁に必要な」「AIエージェント」の使用が広がった時などだ。

SAP、オラクル、クーパ、マイクロソフト、ブルーヨンダーの各社は、この記事へのコメントで、サプライチェーン用生成AIの力強い成長を指摘したが、具体的な数字は示していない。

こうしたAIツールを販売する米サプライチェーン・コンサルティング企業GEPでは、トランプ関税が需要を後押ししている。

SAPは社会の不確実性が技術導入を促進していると説明。同社のサプライチェーン担当副社長のリチャード・ハウエルズ氏は「金融危機、英国が欧州連合(EU)を離脱したブレグジット、新型コロナ禍の時もこうだった。現在も同じことが起こっている」とのコメントを寄せた。

AIエージェントは関税シナリオの変化に関するリアルタイムのニュースフィードを分析し、契約更新日や数多くのデータポイントを評価した上で、行動計画を提案する。

だが、サプライチェーンの専門家は、AIが奇跡を起こすという空しい夢に莫大な資金が浪費されるとしてAIの過大評価に警鐘を鳴らしている。

「AIはサプライチェーンの耐性を高める強力なツールだが、万能薬ではない」と語るのは、フィンランドのクレーンメーカー、コネクレーンズのコミュニケーション責任者で、経済協力開発機構(OECD)のサプライチェーン強靱化に関する諮問委員会メンバーのミナ・アイラ氏だ。「例えば、海上のテロ攻撃を予測できるAIはまだ登場していない」

同社の物流パートナー企業は天気など、もっと日常的なデータにAIを活用している。

<上昇するコスト>

マッキンゼーはコロナ禍以来、サプライチェーン企業の幹部を対象に調査を実施してきた。最新の調査では、混乱の影響を緩和するために在庫を積み上げたと答えた幹部の割合が、2022年の60%から昨年は34%に減少した。今後結果を公表する2025年の調査でも、これまで寄せられた回答では、同様の傾向が示されているとヨヒム氏は明らかにした。

ガートナーのサプライチェーン・アナリスト、ノハ・トハミ氏は、AIがなければ企業は反応が遅くなり、在庫積み増しに陥りやすくなるだろうと指摘する。

ただ、コンサルタントらは、AIエージェントがサプライチェーン管理者の職を奪うことはないと予想している。引き続き人間が戦略的決定や大規模な戦術的決定を下す必要があり、AIエージェントには、注文や生産維持のスケジュール調整といったルーティン作業を任せる形になるという。

トロのカーペンター氏は、サプライチェーン管理者はAIがなければより大規模なチームを率いる必要が生じるかもしれないと話す。

いずれAIに自分の仕事を奪われる心配はあるだろうか。「子供たちが大学を卒業するまでは奪われないことを願っている」というのがカーペンター氏の答えだ。

ロイター
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