アングル:逆風強まる中国製造業労働者、デフレと米関税が所得直撃

中国南部広東省でキッチン収納設備の工場を経営するマイク・チャイ氏(53)は、同業者との競争に負けないために人件費を約30%圧縮しようとしている。写真は広州にある小さな工場の前で、車から資材をおろす人々。7月27日撮影(2025年 ロイター/David Kirton)
David Kirton
[広州(中国) 12日 ロイター] - 中国南部広東省でキッチン収納設備の工場を経営するマイク・チャイ氏(53)は、同業者との競争に負けないために人件費を約30%圧縮しようとしている。長年のお得意様だったオーストラリアの顧客に、高関税のため米国向け輸出をやめた同業者が販売攻勢を仕掛けてきているからだ。
チャイ氏はコロナ禍以来、既に従業員を半分の100人まで減らしており、これ以上スリム化する余地はない。その代わりに勤務時間を短縮し、従業員には無給休暇の取得をお願いしている。中国ではこの無給休暇を導入する企業が増え、隠れたデフレ要因になりつつある。
広東省・仏山にあるチャイ氏の工場は「かろうじて採算が取れている」状態。同氏は「私たちは生き残りモードで、従業員には『10年から15年勤務してきたあなた方も工場をつぶしたくない以上、力を合わせていこう』と伝えた」と明かした。
トランプ米大統領が今年、中国向け関税率を30パーセントポイント引き上げた後も、中国の失業率は5%前後で落ち着いている。
しかし公式データで示されない不完全就業は高関税と製造業の過剰設備によって悪化を続けており、労働者の収入が圧迫され、彼らは将来を悲観して消費を抑制している、というのがエコノミストの見方だ。
中国の消費者信頼感は過去最低圏に沈み、小売売上高は鈍化。7月の物価上昇率はゼロだった。
ナティクシスのアジア太平洋チーフエコノミスト、アリシア・ガルシア・エレロ氏は、中国の輸出と経済は米国の関税措置にもかかわらず成長を維持している中で、製造業の労働者がしわ寄せを受けていると指摘。「激烈な競争と物価下落に打ちのめされているのがこうした人々だ。なぜなら企業はコストと賃金の引き下げが不可欠だからで(負の)連鎖が働いている」と述べた。
同氏によると、統計上で中国の労働者は決して貿易戦争の「主たる敗者」と判明することはない。その理由は失業をしないためだが、無給休暇ないし時短勤務には直面してしまうという。
チャイ氏は、中国の他社が値下げに動き、自身の工場の稼働率が50%にとどまる中で、主要市場のオーストラリアで重要な顧客2社を失った。
「米国(を去った)全ての事業者がオーストラリアに参入している。当社の顧客に多くの新たな(製品)供給がなされつつある」という。
7月の中国の輸出動向を国・地域別に見ると、米国向けは前年比21.7%減少したのに対して欧州連合(EU)向けは9.2%増、東南アジア向けは16.6%増、オーストラリア向けは14.8%増だった。
チャイ氏は10%の値下げを計画中で、そのために従業員の残業代を減らしている。従業員にとっては、収入の3分の1強は残業代だった。
工場経営者の間では、派遣労働者を採用して新規受注が入れば雇用を増やし、需要が途絶えれば解雇する方式も広がっている。
中国南部で3カ所の工場を共同で所有するデーブ・フォン氏は、1つの工場で30人の正規労働者をレイオフし、その一部を非正規で再雇用して想定外の受注に応じる態勢を整えた。
フォン氏は「年金や保険料を払う必要がないので派遣契約の方が好ましい。そうしなければ会社はやっていけなくなる。購買力が落ち込んで市場は低迷し、特に米国との貿易問題もある」と説明した。
<下がる時給>
中国では、とりわけ3億人近い農村からの出稼ぎ労働者にとって、派遣はごく普通の働き方になっている。
こうした中で中部・武漢で就職支援サービスを手がけるチェン・チュアン氏は、時給の相場が昨年の16元から14元に下がっていると指摘。連日のように多くの面接希望者が列をなしているが、工場側にそれほど多くの需要はないと付け加えた。
2021年から南部・広州の小規模な衣料品縫製工場で派遣労働をしてきたアラン・チャン氏(30)は、当時の稼ぎは1日当たり400元だったが、今はその半分を得るにも苦労をしている。
「何が起きたか分からない。突然何か仕事を見つけるのが難しくなっている」と語るチャン氏は、同じく縫製工場で働く妻とともに毎月700元の賃貸住宅で暮らす。故郷の福建省で祖父母と生活する息子の幼稚園の費用として年間1万元を稼ぐ必要があるだけに、7月は14日しか働けなかった状況に不安を感じている。
ハーバード大学公共政策大学院のモサバー・ラフマニ・ビジネス政府センターのリチャード・ヤロー研究員は「製造業の賃金が押しつぶされれば、経済全般がデフレ圧力を感じる。中国において繊維、家具、単純な電子製品などの製造業の一部低技能労働にとってこの問題が拡大しているのは間違いない」と述べた。
<厳しい条件>
ハイテク産業が集まる南部・深センの竜華区では、十数人が時給17─28元の電子製品工場の求人を探していた。
デジタルマーケティングの学位を持ちながら専門分野での仕事を見つけられなかったというモーさん(26)は、既に2件の面接を受けたが、求人広告と条件が違ったため就職を断った。
「23元を提示していたのに実際払われるのは20元。そこから住居費、清掃費などが差し引かれる」という。
南西部の雲南省からバスでやってきて5日続けて求人をチェックしていたフアンさん(46)は、不動産市場が崩れるまで物件開発プロジェクトの管理をしていたが、今は離婚して1回の食費に10元、簡易宿泊施設に一晩25元を払うと仕事が見つからない限り全く余裕がなくなる。
「午前中に1件面接を受けたが、前払い紹介手数料として80元を要求されたので行くのをやめて、代わりに食べ物を買った」と小さなスーツケースを引きずりながら話した。