コラム

イギリスのパブ営業短縮はコロナ対策の悪手

2020年10月08日(木)15時40分

パブが閉まれば若者はより危険な場所で飲む(9月、ロンドン) HANNAH MCKAY-REUTERS

<午後10時閉店という新たな「門限」を義務付けた政府だが、宴もたけなわでパブを追い出された若者がおとなしく家に帰るなんてことはまずない>

第1次大戦中にイギリスは、ほぼ1世紀にわたり人々に影響を与えることになる法案を急きょ成立させた。政府のお偉方は薄弱な根拠に基づいて、イギリスの労働者が戦争で精神的に落ち込み、酒を飲み過ぎ、そのせいで生産性が落ちて国家を脅かしていると結論付けた。政府はパブの営業時間を制限することに決め、午後の日中には一定時間店を閉めさせ、夜には全国的な「閉店時刻」を義務付けることにした。

それは数十年後に予期せぬ結果をもたらした。僕の生きる時代のほとんどの期間、イギリス中のパブは11時ちょっと前に「ラストオーダー」を知らせる(大抵はベルを鳴らす)ことになっていた。まだ飲み足りないと確信した若者たちは、パブロフの犬のごとくこの音を聞いて追加の1パイントを競って注文し、オーナーが店舗閉店を法律で義務付けられているその時間までの残り20分で一気飲みしていた。

実際のところ、この規制はパブで過ごす夜のパターンそのものに影響を与えた。人々は概して、締め切りから逆算した「スケジュール」に従って働いた。イギリス人は酒好きだから、適切な飲み時間を確保するためにはパブに少なくとも午後8時までには入らなくては、と考えたのだ。10時までにはパブにいるほとんどの客がほろ酔いに。週末には入り乱れて歌い踊り、カップルができ、と乱痴気騒ぎになることもある。そして最後のオーダーラッシュ、「追い出しタイム」、「魔の時間」と続くわけだ。街の大通りには突如として人があふれ、その多くは疲れ果てている。吐く人もいるだろう。タクシーの取り合いで口論が起こり、けんからしきものまで始まる。そして1時間後、その同じ通りはまた静まり返る。

状況を変えようと、トニー・ブレア元首相の政権は、2005年にパブの営業時間延長を許可した(そして昼間の時間帯の営業もできるようになった)。その狙いは「カフェ文化」を生み出すこと。人々が程良い時間を見計らってパブに行き、余裕を持ってゆったりと飲み、満足したら店を出る、というふうにしたかったのだ。だがそんなにうまくはいかなかった。若者たちは大抵、長年の習慣どおりの時間に店に行き、結局は最後の1時間で追加の酒をがぶ飲みした。

庶民カルチャーに無理解な政府

そして今、イギリス国民は、パブについて新たな政府の介入を受けることになった。かつてと同じように国家的危機に対応するため、そして真偽不明な論理に基づいて決定されたものだ。午後10時を過ぎると人々がソーシャルディスタンス(社会的距離)のルールを守らなくなるとの前提で、パブの10時閉店が義務付けられた。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ECB、1630億ドルのウクライナ融資支援を拒否=

ワールド

米ワシントンの州兵銃撃、1人が呼びかけに反応 なお

ビジネス

アングル:ウクライナ、グーグルと独自AIシステム開

ワールド

韓国大統領、クーパン情報流出で企業の罰則強化を要求
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「世界一幸せな国」フィンランドの今...ノキアの携帯終了、戦争で観光業打撃、福祉費用が削減へ
  • 2
    【クイズ】1位は北海道で圧倒的...日本で2番目に「カニの漁獲量」が多い県は?
  • 3
    大気質指数200超え!テヘランのスモッグは「殺人レベル」、最悪の環境危機の原因とは?
  • 4
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が…
  • 5
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 9
    中国の「かんしゃく外交」に日本は屈するな──冷静に…
  • 10
    600人超死亡、400万人超が被災...東南アジアの豪雨の…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story