コラム

医療制度NHSに注ぐイギリス人の献身的な愛

2018年07月04日(水)16時00分

NHSの予算拡大などさらなる制度拡充を求めるロンドンの街頭活動 Henry Nicholls-REUTERS

<分断状態のイギリス社会でたった1つだけ国民の意見が一致することは医療制度の素晴らしさ――実際は官僚的でスピード感に欠けて問題も多いが......>

目下、イギリスはかなりの分断状態にあると言っておくべきだろう。ブレグジットは最大の論点だが、政治的雰囲気が不穏になる問題は他にも山ほどある。人々があることに反対しているとき、それは単に反対意見であるというだけでなく、違う意見を尊重しない、ということになる。自分と違う考えを持つ人はほぼ確実に、人種差別主義者か、バカか、非国民か......ということになってしまう。

だがイギリス国民の大多数の意見が一致することが1つある。国民保健サービス(NHS)は素晴らしくて、NHSに従事する人々は英雄的だ、という点だ。NHSは今年誕生70周年を迎え、公式の「誕生日」まである(7月5日だ)。NHSは第二次大戦後の労働党政権によって設立されたが、以後あらゆる政権が支援を続けてきた。NHSに敵対的な政党があったとしたら、選挙で自殺行為になったことだろう。

労働党は当然ながらNHSに最も熱心な政党だと見られてきた。だがひたすら民営化を推し進めたサッチャー時代の保守党でさえ、医療を民営化しようとは決してしなかった。NHSは公共施設でありいわば公共のアイコンだ。国民に属するものと見られていて、何であれNHSを根本的に変えようなどとすれば疑惑の目で見られる。

つまりNHSは、時代と共に発展することはないという傾向がある。少々硬直化しているものの、有権者たちの考えでは、NHSに必要なのはより多くのカネだけ。数々の調査によれば、所得税の徴収額が増えてもそれが全てNHSに使われるなら気にしない、と人々は一貫して答えている。

実際のところ、ここ数十年のインフレを考慮に入れても医療費は膨大な額に膨れ上がっている。でも利用可能な治療の費用や範囲も歩調を合わせるように拡大している。発足当初、NHSはかなり最小限のものにとどまっていた。今日では恐ろしく高額な先端の延命治療方法だってある。そして増加する高齢者が、より多くの治療を求めるようになりつつある。

反対派もいないのに支援ポスターまで

冷酷な経済の現実に従えば、公的システムがあらゆる人に最善の治療を与えることはできない。ある病状の治療がある地域では治療可能だが別の地域ではできない、というケースも出てくる。カネの支出方法は各地方レベルに委譲されているからだ。

例を挙げると僕の親類は幸運にも多発性硬化症の非常に高価な医薬品を入手できたが、隣の州に住んでいたら無理だっただろう(でも逆に、例えば珍しい種類の癌治療がヨークシャーでは受けられるのに僕たちのエセックス州では受けられないという場合もあるだろう)。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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