コラム

スターリンの恐怖と今のロシアの危険な兆候

2018年06月27日(水)17時20分

1945年にポツダム会議に出席したスターリン PUBLIC DOMAIN

<国を掌握するために敵ばかりか同志まで徹底的に粛清したスターリンの恐怖は明らかだが、プーチンのロシアではそれを美化するような揺り戻しも見られる>

最近、オックスフォード大学時代について書いた本を出したことで、僕は歴史学の学部生だった頃に読んだ興味深い本のうち何冊かをもう一度読み返したくなった。なかでも今日、うれしくも読み終えた『スターリンの恐怖政治』(邦訳・三一書房、原題The Great Terror)ほど印象的だったものはない。ずっしりと重い学術書だが、数千万のソ連市民を殺害し、投獄した1930年代スターリン主義の破滅的恐怖を描く、というこの本のテーマの大きさを考えればこの長さも当然だ。

数多くの詳細な記述があるものの、全体としてのテーマは著者コンクエスト(イギリスの歴史学者)の手で見事にまとめられている。スターリンが自身の権力を維持しようとするあまり、自国で無慈悲に大量虐殺を繰り広げたということだ。

この本は、スターリンの恐怖の本質と範囲について、まだ論争が続いていた1960年代後半に初版が出版された。でも僕の読んだのは1990年の再版で、ゴルバチョフ大統領の「グラスノスチ(情報公開)」によって入手できた新たな証拠や証言が加えられていた。

僕はここで書評をするつもりはない――20世紀の歴史を理解したい人は直接この本を手に取ることをお勧めする――けれど、指摘しておきたい点がいくつかある。まず、この本を読んでなお、スターリンの卑劣な本質や彼の支配体制に対して何らかの淡い幻想を抱くことは不可能だということだ。

いまだに一部では、スターリンは残忍な男だったがそれでも(間違いだったとはいえ)何か高貴なことを成し遂げようと奮闘した「運命の人」だった、という見方がある。だが、道徳的限界をわきまえない権力に取りつかれたサイコパス的殺人者だ、と見るほうがずっと正確だろう。

彼は(赤軍に対抗した)ロシア白軍の兵士など「階級の敵」だけでなく、ボリシェビキ(レーニン率いる左翼の多数派政党)時代のごく親しい同志までも殺害した。彼の権力闘争に付き従った忠実な取り巻きたちまで殺した。

著名なボリシェビキのうち、国家への反逆を企てたとして逮捕・処刑された人の数は、驚くに値する。彼らにかけられた容疑は「破壊」(故意に経済を妨害したこと)やスパイ行為(日本やポーランド、イギリスに協力したこと)、スターリンを殺害してファシスト政権を打ち立てようと陰謀を企てたこと、20年前に共産党員を装い潜入した帝政の秘密警察の一員であったこと、など。

スターリンは、十月革命とロシア内戦を主導したボリシェビキのリーダーたちはほぼ全員が「悪質な反共産主義者」であると国中に知らしめ、スターリンのこのばかげた考え方およびスターリンのやり方に従わない者は全員、粛清するよう命じた。

この愚かな嘘を実行するためには、途方もないレベルの恐怖が必要だった。その範囲は共産党全体、そして国全体にまで広がった。1934年から1939年の党大会の間に、半数をはるかに上回る議員が反革命的だとして逮捕された。一般議員のうちその職に留まれたのはたった2%だった。

ソ連共産党は事実上、スターリンによって形作られた全く異なる新共産党になった。子供ですら処刑されることもあり、被告の妻や娘たちも投獄され、拷問も日常的に行われていた。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

FBI、加州へのイラン無人機攻撃を警告 トランプ氏

ビジネス

テスラの中国製EV販売、2月は91%増 増加は4カ

ワールド

イラン軍事作戦によるガソリン高は「一時的」、トラン

ビジネス

日経平均は反落で寄り付く、原油価格の上昇が重し 一
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのミュージカル入門
特集:教養としてのミュージカル入門
2026年3月17日号(3/10発売)

社会と時代を鮮烈に描き出すミュージカル。意外にポリティカルなエンタメの「魔力」を学ぶ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」と言われる外国特派員の私が思うこと
  • 2
    「このままよりはマシだ」――なぜイランで米軍の攻撃に支持が広がるのか
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    キャサリン皇太子妃、英連邦デー式典に出席...公開さ…
  • 5
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」…
  • 6
    「邪悪な魔女」はアメリカの歴史そのもの...歌と魔法…
  • 7
    イランがドバイ国際空港にドローン攻撃...爆発の瞬間…
  • 8
    職業別の収入に大変動......タクシー運転手・自動車…
  • 9
    40年以上ぶり...イスラエル戦闘機「F-35I」が、イラ…
  • 10
    ホルムズ封鎖で中国動く、イランと直接協議へ
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 3
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」と言われる外国特派員の私が思うこと
  • 4
    キャサリン皇太子妃、英連邦デー式典に出席...公開さ…
  • 5
    「このままよりはマシだ」――なぜイランで米軍の攻撃…
  • 6
    【長期戦はイラン有利】米側の体制転覆シナリオに暗…
  • 7
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで…
  • 8
    日本の保護者は自分と同じ「大卒」の教員に敬意を示…
  • 9
    中国はイランを見捨てた? イランの「同盟国」だっ…
  • 10
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 4
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 7
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 8
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story