コラム

リチャード3世発見でよみがえる歴史の真実

2013年02月09日(土)18時25分

 たぶん、僕は「インディ・ジョーンズ世代」の1人だと言えると思う。「インディ・ジョーンズ」シリーズの最初の3作を見たのは10代のころ。全編を覆うロマンにすっかりとりこになったのをおぼえている。

 僕はイギリスの考古学者がツタンカーメンの墓を発見したときの話を読んだこともあった。ソーレント海峡で沈没したヘンリー8世の旗艦の1つメアリー・ローズ号が引き揚げられたという1982年のニュースには、イギリス中が熱狂した。僕は歴史が大好きだったし、歴史の親戚である考古学は、さらに専門的で刺激的なものに見えた。

 僕は大学で考古学を学ぼうかと真剣に考えたが、こう説得された。大学では歴史を専攻し、それでもまだ考古学を研究したい場合は大学院レベルで考古学を学んだほうが賢明だ、と。

 結局、いろいろな事情があって、そんな計画通りにはならなかった。だけど友人のロブは、まさにその道を進んでみせた。そして10年もの間、僕に言い続けている――この道に進まなくて正解だよ。

「僕たちは哀れな連中さ。1年のほとんどを地面を引っかいて過ごし、陶器のかけらを発見しては大興奮する」と、彼はかつて僕に語ったことがある(かなり露骨な物言いだ)。問題は、僕が彼のこの言葉を鵜呑みにしてはいないということ。僕は、考古学とは宝くじみたいなものだと思っている。宝くじを買っても1等を当てるチャンスは小さいかもしれないが、買わなければそのチャンスはゼロだ。

■おいを殺した極悪人のイメージ

 最近、イギリスで考古学上の大発見があった。昨年、中部レスターの駐車場の下から見つかった人骨が、中世のイングランド王リチャード3世のものであることが特定されたのだ。信じられないほどのものすごいニュースだ。インディ・ジョーンズのせりふで言えばこうなる。「私たちは、歴史の通行人に過ぎない。ただし、これこそが歴史だ」

 イギリス史上の王たちの発見で、ここまでの興奮をもって迎えられる人はいないんじゃないかと思う(いるとしたら、伝説のアーサー王くらいだろう)。リチャード3世はこれまでずっと、論議を呼ぶ人物だった。

 イギリス人の多くは、リチャード3世と言えば2つの事実を思い出す。1つは彼が腰の曲がった男だったこと。もう1つは、王位を奪うために2人のおいを殺害したことだ。1つめの事実は当時の敵側によって誇張して吹聴された。身体的な特徴が、まるでその人の道徳的な欠陥を物語っているかのように考えられた時代だったのだ。だが現代ではそんな偏見は論外だ。2つめの殺人の事実は、不確かな部分もあるようだ。

 確かに2人の幼いおいは、王権に匹敵する「護国卿」の地位に任命されていたリチャード3世よりも、王位継承順位が高かった。摂政役としてリチャード3世が、2人の身の安全を守るためと称しておいたちをロンドン塔に幽閉した事実は間違いなさそうだ。リチャードは王位に就き、おいは消えた。おそらくリチャードの命令で殺害されたとされている。でもおいが実は生きていて、リチャードから王位を奪ったヘンリー・チューダーによって殺され、リチャードに罪がかぶせられた可能性もある。

 個人的には、リチャードがおいを殺した説が有力だと思うが、むしろ彼に同情的な見方をしている。おいたちの父であるリチャードの兄エドワード4世は悪名高い女たらしで、結婚歴もぐちゃぐちゃ。おいたちも嫡出子かどうか定かでなかったようだ。当時、イングランド王国とは神々しい天命のようなものであって、非嫡出子が治められるようなものではなかった。リチャードは自分こそが正統な王位継承者であると自身に言い聞かせたのかもしれない。あるいは、ひょっとしたら非嫡出子かもしれない王のもとで、摂政役として国をまとめることなど不可能だと考えた可能性もある。

 どちらにせよ、リチャードは危機の時代に王位に就いた。ランカスター家とヨーク家の間で戦われていた薔薇戦争と呼ばれる内乱は王国を引き裂き、弱体化させた。リチャードは、兄エドワード4世を勇敢かつ忠実に支える大将だった。だからその兄が急死したとき、リチャードは王家の崩壊とイングランドのさらなる動乱を防ぐために、勇敢に断固たる行動をとったのだと言えなくもない。

 最終的に、リチャードの努力は実を結ばなかった。即位から3年もたたないうちに、彼はボズワースの戦いで死亡した。政情は不安定で、リチャードは戦いの前夜に味方の裏切りに遭った。結局、ヘンリー・チューダーに敗れることになった。

■勇敢で国民思いの別の顔も

 だがリチャード3世は単なる歴史上の人物ではない。それどころか、実在の歴史上の人物ですらないかもしれない。彼のイメージはほとんど、シェークスピアの史劇によって作り上げられ、知れ渡ったからだ。シェークスピア劇で彼は、邪悪な王の風刺として描かれている。劇中で、リチャード3世はこんなせりふを語る。「良心は臆病者の使う言葉。勇敢なるものをおじけづかせるために考案されたものに過ぎぬ」

 リチャード3世を描いたシェークスピア劇は、1955年と95年に2度映画化され、どちらも当時の第一線の俳優がリチャード3世を演じた。ローレンス・オリビエとイアン・マッケランだ。だから、この史劇はほかのシェイクスピア作品の多くよりもよく知られている(僕は95年版の『リチャード3世』が大好きだった。この映画では、時代を1930年代に設定し、リチャード3世をファシストにして描いている)。

 だが、この史劇がどの程度偏って描かれていたのか、理解している人は少ないだろう。シェークスピアが、リチャード3世とは敵対したチューダー朝の君主であるエリザベス1世の下で活動した作家だから、というだけではない。この史劇は、明らかに悪事を描く作品として生み出された。リチャード3世という人物は、罪の意識をいささかも感じさせないからこそ、こんなにも強烈な印象を残した。シェークスピアには、彼の「もう1つの顔」を描こうという気など、さらさらなかったのだ。

 実際は、彼にはもう1つの顔があった。短い治世だったにもかかわらず、リチャードは国民思いの王として知られていた(特にイングランド北部では)。具体的に言うと、彼はいくつもの改革を実行し、法をより明確で公正なものにして人々がより迅速に司法制度を利用できるようにした。

 リチャード3世の人骨が特定されたことで、こうした事実ももっと知られていくようになるのではないかと思う。事実、僕自身も今まで気付かなかったある事実を知って驚いた。

 劇中でリチャードは「馬をくれ、代わりにこの王国をやるぞ!」と叫んで息絶える。実に臆病な死にざまだ。僕はリチャードが何の威厳もなく死んだような印象を持っていた。だが発見された彼の頭がい骨は、リチャードが先の見えない戦闘から決して逃げようとしなかったことを思い出させた。逃げるどころか彼は、ヘンリー・チューダーを討とうと大胆にも先頭に立って戦ったのだ。

 無慈悲な男だったのは間違いない。おいを殺害したのもおそらく事実だろう。だが改革派の君主であり、勇敢な戦士だったとも言えそうだ。複雑で、歴史を動かした人物像が今、考古学によってよみがえったことになる。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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