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コリン・ジョイス Edge of Europe
歩行者をいら立たせないロンドンの街
こんなことはいつもならまずあり得ないが、この間、僕は思わず東京を悪く言ってしまった。
イギリスに帰ってからしょっちゅう聞かれるのは、日本で暮らすのは「どんな感じ?」ということ。簡潔に答えるのはほぼ不可能だから、かなり困る質問だ。表の面と裏の顔、良いところと悪いところをすべて説明するなんて到底できないことは分かっているので、僕はいつも1つ良いところを挙げることにしている。
「東京の人たちはとにかくいい感じなんだ」「けんかになることはまずない」「食べ物が最高」あるいは、ただ簡単に「日本が本当に恋しいよ」と言うこともある。こういうふうに言えば、日本に好印象を持ってもらえる。もっとも、日本の別の側面を挙げれば、悪い印象を抱かれるかもしれない(「夏は本当にジメジメして不快」「アパートはびっくりするほど狭い」「緑地がとても少ない」)。
実際に日本に行ったことがある人は少ないから、彼らの頭の中には話を判断するだけの下地がない。日本暮らしの経験者が話した一言か二言で、日本に対するイメージが簡単に左右されてしまう。だから、大好きな街・東京を決して悪く言うまい、というのが僕のポリシーだった。
でも先日、不意を突かれてこれを破ってしまった。たまにしか顔を合わせない叔母に、東京の暮らしはどんな感じかと聞かれたときだ。叔母は、巨大な交差点を大勢の人があらゆる方向に行き交う東京の街の写真を見て「驚嘆した」と言っていた(渋谷駅前のスクランブル交差点のことだろう)。
自分でも驚いたことに、僕はこう答えていた。たしかに驚嘆するような光景だけど、あれは東京暮らしで僕が嫌だった数々のものを典型的に表している光景でもあるんだ。まず、騒音公害と目障りなネオンの視覚公害。次に、人が多過ぎること。そしてそれ以上に問題なのは、東京が「車中心」の都市だということだ。
あの交差点では、何千人もの歩行者が、第1波の車の流れを待ち、第2波の車、それから第3波の車、と何十秒も続く赤信号に耐えてから交差点を渡る。だからこそあのイカれた「スクランブル」が生まれるのだと、僕は説明した。
■ドライバーも歩行者を尊重
僕は歩くのが好きだし、街歩きが特に好きだ(田舎を歩くよりずっと面白いと、僕は思っている)。東京でもいたるところを歩き回ったが、いろいろな意味で東京は、街歩きに最高な都市とは言いづらい。
町並みを眺めて楽しむどころか、ふと気がつくと次の信号には間に合うか、今度の信号は渡れるかと気にしてばかりいるのだ。歩行者が道路を渡れる時間はとても短く、待たされる時間はとても長い。だから、タイミングが悪いと延々と足止めされ、歩くペースを乱されてしまう(ウォーキングとは頻繁に「止まっては動く」ものではない。一定のペースで歩くから気分がいいのだ)。
それに比べてロンドンをはじめとするイギリスの都市は、はるかに街歩きに適している。叔母に東京のウォーキング事情をぼやきながら、僕は改めてそう思った。歩行者は余裕をもって道路を横断できるし、信号待ちの時間も短い。ボタン式の信号も、歩行者がボタンを押せばすぐに青に変わるものがほとんどだ(東京では、ボタンを押しても待ち時間は変わらず、何のためのボタンなのかと頭にきたものだ。車の都合を優先して信号の待ち時間が設定されているらしい)。
それにイギリスでは、車が来なければ歩行者は好きな時に道路を横断できる。ロンドンでは、車の流れを巧みにすり抜けて小走りに道路を渡る人をよく見掛けるが、何とかなっている。東京では、左右をよく見て車が見えないから横断したのに、おまわりさんが飛んで来て怒られたことがある。イギリスでは小さな町でも都心でも道路の幅はそれほど広くない。それだけで歩行者から見る街の風景ががらりと変わり、歩くのが楽しくなる。
とはいえ、僕がイギリスの街歩きで気に入っているのは「ゼブラ・クロッシング」。道路に縞模様が描かれているだけで、信号のない横断歩道だ。歩行者が渡ろうとすれば、車はすぐに止まってくれる。車がすでに横断歩道に差し掛かっていて止まれないときは、ドライバーが手を振って「ごめんなさい」の合図をする。たいがい次の車はちゃんと止まっているので、待たされるのは1秒足らず。それでも謝ってくれるのだ。イギリス人は実はなかなか親切じゃないかと思ってしまう。
他の国々では必ずしもこうは行かない。信号なしの横断歩道では、車の流れが途切れるまで待たなければ渡れない。車が停まってくれないのだ。それに比べてイギリスでは歩行者の権利が認められていて、ドライバーは歩行者を邪魔ものではなく対等な仲間として扱う。こう断言しても問題ないだろう。
東京では、車と人の力関係は大きく違う。だから赤信号に延々と待たされた揚げ句に、大混雑のスクランブル交差点で格闘しなければならない。それはあんまりよろしくない――僕の叔母もそう言うことだろう。
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