コラム

マイナス金利は実体経済の弱さを隠す厚化粧

2016年02月09日(火)13時00分

 黒田総裁になって以降、「従来の政策の枠組みから大きく変更した金融緩和を実施した」とは言われますが、過去の経緯をふり返れば、結局のところは今までの延長線上で資金の供給量を大量に増やしただけ。長い年月をかけてアレルギー原因物質が少しずつ体内に蓄積され、臨界点を超えるとアナフィラキシーショック(急性アレルギー反応)が起こることがあるとされますが、金融や実態経済はアレルギー反応とは違います。量さえ増やせばその臨界点を超えて、新たな、しかも良好な反応が起こると確約されているものではありません。

 それでもなお「ベースマネー」(日銀から金融機関の資金供給)を増やせばおのずと「マネーストック」(金融機関から我々市中の方への資金の流れ)も増えて景気も回復する、よって「ベースマネー」の量を増やすことこそがデフレ脱却、経済成長に繋がるのだと喧伝されてきましたが、市場関係者(メディアに登場する方々ではありません、実際に取引を通じて市場を追いかけている人たちです)の間では当初から、これまで散々緩和策をやってきてもなお思わしい結果が実体経済に出て来なかったのであるから(0%時代突入から2年後には山一證券が破綻するなど大手金融機関の経営破たんが続き、異次元の世界に突入した数年後の2003年には株価が7600円台へ暴落をするなど極度の金融不安に日本は見舞われ、その度に日本の実体経済が疲弊)、日銀が資金の供給量を増やしたところで状況改善には繋がるまいとの冷静な意見が目立っていました。

 国内経済の本質的な活性化を金融政策だけに依存するには無理があることはこのコラムでは毎度お馴染みの米財務省の為替報告書でも何度となく指摘されていましたし、今回マイナス金利が発表されるやいなやウォール・ストリート・ジャーナル紙では 『マイナス金利が日本経済を救うわけではない』 と取り上げられ、


He says this will make banks more eager to lend to firms. Mr. Kuroda's prediction is as wrong as all his previous forecasts. (彼はこれで企業への融資を銀行が増やすのに熱心になるはずだという。黒田氏の予測はこれまでの全ての予見がそうだったように間違っている。)

といった手痛い評価となるのもある意味致し方ないことかと思います。

 個人のレベルで考えた場合、経済不安で将来もそれを引きずりそうだと思えば、怖くて消費をしようにもできなくなります。国内の消費は減退→需要がなければ企業としても設備投資をしたところでリターンが期待できないわけでこちらも手控える→国内企業の収益が頭打ちであれば賃金や雇用に影響→さらなる経済不安へ、という悪循環にこの20年間陥ったまま。貸し渋りが問題とされた時もありましたが、そもそも資金のニーズがなければ銀行の貸出しが増えるべくもありません。裏を返せば、需要があれば貸出しも投資も放っておいても沸いてきます。金融政策のみで出来ることではないので限界とされるわけです。

 いくら「ベースマネー」を増やしたところで「マネーストック」は増えなかった。そこで、マイナス金利を適用して金融機関が積み上げた資金を無理矢理市中に流そうとの発想に至った。今回の政策は、翻せばこれまでの黒田日銀による量的緩和策では如何ともし難かったということ(うまく行っていたのなら、マイナス金利にする必要がありません)。原因と結果をはっきりさせましょう。今回の措置は銀行の貸出増加を促すことがその狙いとされていますが、貸出し増加が伸びないのは資金が足りないためではなく、国内に資金ニーズそのものがない、それを生み出す国内需要がないからというのが非常に大きい要因です。

 市中への貸出しに回らないような必要以上の積み上げを金融機関がするのは、必要のない資金供給を日銀がこれまでやり続けていたからとの側面も大いにあるわけです。それを+0.1%の金利で甘んじて受け取っていた銀行側は、本来であればそんなに大量の資金供給をしてくれるなと日銀に訴えるのが筋ですが、イージーマネーが手に入るならと飛びついた。今回梯子を外された形となりましたが、君子は豹変すと承知してきた金融機関は対応ができるはずです。この辺りの判断で今後それぞれの銀行の明暗が分かれることでしょう。

プロフィール

岩本沙弓

経済評論家。大阪経済大学経営学部客員教授。 為替・国際金融関連の執筆・講演活動の他、国内外の金融機関勤務の経験を生かし、参議院、学術講演会、政党関連の勉強会、新聞社主催の講演会等にて、国際金融市場における日本の立場を中心に解説。 主な著作に『新・マネー敗戦』(文春新書)他。

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