コラム

ブレグジット後の「揺れ戻し」を促す、英メイ首相のしなやかな政治手腕

2016年12月26日(月)17時40分

Francois Lenoir-REUTERS

<本意とは違う「ハードブレグジット」を掲げる一方で、離脱強硬派とは一線を画すメイ首相は、国民投票で分断された英社会の修復をめざしているようだ>(写真:ブリュッセルのEU本部を訪れたメイ首相)

 ブレグジット(英EU離脱)国民投票後の視察を兼ねて12月に渡英いたしました。イギリスはEUからの離脱を選択したものの、少なくともロンドンは相変わらず様々な人種や民族の人々が隣り合わせになって、ごくごく普通に日常生活を送っています。残留派の多いロンドンだったからかもしれませんが、ふらっと街中のカフェやレストラン、ショップに入っても、観劇に行っても、夜にパブに出かけても、公共機関(地下鉄、2階建てバス、循環路線バス)やタクシーも存分に利用しましたが、滞在中に差別的な待遇を受ける、不愉快な思いをするということは全くありませんでした。アメリカではトランプ新大統領の当選直後に比べてヘイトクライムは沈静化しているようですが、ロンドンの余りの居心地の良さに、都心部から離れて閑散とした場所にある米公文書館よりも今後は英公文書館へと資料集めに足が向いてしまいそうです。

 良し悪しの判断は脇に置いて、ロンドン見聞録を少々。滞在したホテルは都合2カ所だったのですが、清掃していたのも、朝食を取ったレストランのウエイター/ウエイトレスも東欧系とおぼしき従業員の方が多いなとの印象でした。清掃の方は英語が通じませんでしたが、EU域内での労働者は全ての加盟国において就労で差別を受けない権利があるため、イギリス人の雇用を優先することは原則としてありません。驚いたのは、いずれのホテルでも毎朝チップを置いて出掛けて行っても、夜戻るとそれに一切手が付けられてないまま枕の上に並べて置いてあったことです。

 この点について、ロンドンの永住権を持つ友人に尋ねると、チップが主な収入源となるアメリカと違い、きちんと給与が支払われている証拠でしょうね、とのこと。ちなみに、最低時給15ドルまでの引き上げがこのところ取り沙汰されているアメリカですが、チップ収入のある場合の最低賃金は別に設定されています(ニューヨーク市内のファーストフード従業員の最低賃金が10ドル50セント、市外が9ドル75セントのところ、ニューヨーク州のチップ収入者の最低賃金は7ドル50セントなど)。通常賃金の引き上げでサービスの対価をきちんと支払うことにアメリカがようやく取り組んでいるとするなら、イギリスは一歩先んじていたという具合です。

【参考記事】「ハードブレグジット」は大きな間違い?

 ブレグジット投票後の現状を象徴する出来事を一つ。滞在中にたまたまヒースロー空港近くのリッチモンドパーク選挙区でザック・ゴールドスミス下院議員(保守党)の辞職に伴う補欠選挙がありました。辞職したそのゴールドスミス氏は無所属で立候補し当選確実とされながら、いざ蓋を開けてみると親EU派で無名の新人サラ・オルニー候補(自民党)が勝利するという大番狂わせとなりました。

 2015年の総選挙の際、ゴールドスミス氏はヒースロー空港の第3滑走路建設に反対し、同地区で地元の支持を得た結果、投票総数の58.2%を獲得して、次点の自民党候補者(得票率19.3%)に圧勝。今回はオルニー氏の49.7%に対してゴールドスミス氏が45.2%で、得票率からすれば惜敗ですが、前回比でみれば惨敗を喫することとなりました。

 ゴールドスミス氏は、今年5月に行われたロンドン市長選にも立候補し、労働党のカーン氏に敗北していますので、間髪を入れず政治的には2度の痛手となります。

プロフィール

岩本沙弓

経済評論家。大阪経済大学経営学部客員教授。 為替・国際金融関連の執筆・講演活動の他、国内外の金融機関勤務の経験を生かし、参議院、学術講演会、政党関連の勉強会、新聞社主催の講演会等にて、国際金融市場における日本の立場を中心に解説。 主な著作に『新・マネー敗戦』(文春新書)他。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英中銀が金利据え置き、量的引き締めペース縮小 長期

ワールド

台湾中銀、政策金利据え置き 成長予想引き上げも関税

ワールド

UAE、イスラエルがヨルダン川西岸併合なら外交関係

ワールド

シリア担当の米外交官が突然解任、クルド系武装組織巡
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 4
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story