コラム

安倍前首相が絶賛した「朝日批判本」の残念な構成

2021年08月25日(水)06時30分

HISAKO KAWASAKIーNEWSWEEK JAPAN

<安倍前首相がツイッターで絶賛した朝日批判本は、実は意外なほど取材が重ねられた「まとも」な内容だった――前半は>

今回のダメ本

ishido-web01210824.jpg崩壊 朝日新聞
長谷川煕[著]
WAC
(2018年6月26日)

安倍晋三前首相がツイッター上で大絶賛したことで知られる一冊で、しかも朝日新聞批判本──という触れ込みで読み始めた。どれだけ過激なことが書かれているのだろうかと期待したが、前半は意外なほどに取材が重ねられている。

著者が衝撃を受けた従軍慰安婦問題、特に慰安婦を強制連行したとする吉田清治証言を報じた記事の取り消しについて、かつての同僚や先輩、一連の報道の担当者を訪ね歩く描写の中には興味深いエピソードもいくつか出てくる。53年間も朝日新聞、同社が創刊した週刊誌AERAで取材・執筆を続けていただけある。

ともに旧厚生省詰め記者として、スクープを取った松井やよりに対する愛憎相半ばとも言える検証は、右派的な視点による糾弾で終わることはなく、優れた記事や著作、記者としての評価もある。松井は朝日新聞のみならず、日本の女性記者のパイオニアとも言える存在で、在職中からスクープやルポルタージュを発表し、戦争と女性への暴力といった問題を鋭く提起したことでも知られている。後年にも「女性国際戦犯法廷」を開くなど精力的な活動を続けていた。長谷川自身も彼女から学ぶことは多かったことがうかがえる。

では、なぜ唐突に安倍前首相が絶賛したのか。それは、第2部以降の描写にある。第1部にも「非ないし反マルクス主義者だと『右翼』と呼ばれがちなのが、この新聞社の、偽らざる実態だったのだ」といった文章が出てきたが、こうした主張が繰り返し登場する。

安倍前首相はどこに「刺さった」のか?

取材も後半になると明らかに薄くなる。匿名の朝日新聞社内の証言や、公表されている文書などをベースに昭和史をたどった著者の「朝日新聞論」が展開されていく。「朝日=マルクス主義者が牛耳る会社」という前提で史料を読んでいるため、論調は書店で山積みになっている右派本と大差ないものになってしまった。

さらに、《二〇〇五年は、松井の「女性国際戦犯法廷」の番組に「政治介入」をした安倍、中川を叩き潰せという「大義」が、事実関係もいい加減なままに、「大義」好きの朝日新聞社の頭を縛ってしまっていたのだろう》(同書より)といった一文がイデオロギー色の強い前首相を喜ばせたことは想像に難くない。

著者はあとがきで53年間も内部にいながら、なぜ従軍慰安婦問題を検証しなかったのかという点について弁明を書いている。明かされた理由は凡庸なもので、彼は日々の取材、執筆に没頭していたのだという。結局、その程度の問題意識なのだ。

プロフィール

石戸 諭

(いしど・さとる)
記者/ノンフィクションライター。1984年生まれ、東京都出身。立命館大学卒業後、毎日新聞などを経て2018 年に独立。本誌の特集「百田尚樹現象」で2020年の「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞作品賞」を、月刊文藝春秋掲載の「『自粛警察』の正体──小市民が弾圧者に変わるとき」で2021年のPEPジャーナリズム大賞受賞。著書に『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)、『ルポ 百田尚樹現象――愛国ポピュリズムの現在地』(小学館)、『ニュースの未来』 (光文社新書)など

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