コラム

ノートルダム大火災の悪夢に今もうなされ続けるフランスの闇

2019年11月27日(水)16時20分

事件の後も、27人もの警視庁職員が過激派思想をもっていると判明したり、10月下旬からは司法調査が始まったり、毎日のようにこのテロ関連のニュースが流れていた。

このニュースが流れるたびに、テレビ画面には、パリ警視庁の前にあるノートルダム大聖堂が映った。実際に、犠牲者を悼む式が行われたのは、大広場をはさんでノートルダムの前であり、花束もそこに置かれたのだ。音声では、犯行の場所柄を説明するためか「ノートルダム」という言葉が何度も発せられた。この「ノートルダム」という言葉を聞くたびに、否が応でも火災のことを思い出させた。このことが、モスク襲撃に心理的な影響を与えたのではないか。

もう一つは10月26日、アメリカ軍がシリアのイドリブ県で特殊作戦を実行し、「イスラム国(IS)」の最高指導者アブ・バクル・アル・バグダディ容疑者が死亡した模様と複数のアメリカのメディアが報じたことだ。そのすぐ後の28日に「ノートルダムの復讐だ」という、モスク襲撃は起きた。

暗い世相と、かすかな希望

いまフランスには、「イスラム嫌悪」と呼ばれる雰囲気が蔓延している(仏語ではislamophobie、英語ではIslamophobia)。

特にスカーフをかぶった女性に対する嫌がらせは問題になってい る。他の人は一見しただけではイスラム教徒か否か区別がつかないせいだろう。

11月10日には、イスラム教徒たちが「イスラム嫌悪をやめてほしい」と訴え、連帯と人権保護を求めるデモが企画された。複数の左派政党や政治家が支援と参加を表明していたのだが、デモ主催者の中にムスリム同胞団という、問題のある国際組織との関連が疑われている団体があったために、しぼんでしまった。人権を守ることに敏感なフランス人らしい勢いは、今はあまりない。参加者は1万人を超えるくらいだった。これは多いのか少ないのか。

それでも、1週間経って落ち着いてきたころには、デモに参加した一人ひとりに思いを聞くニュース企画がテレビで流れたりした。特に女性への嫌がらせに反対する女性の主張に耳を傾けようとする姿勢がある。フランスの良心や人権意識、連帯の精神は健在だと安心もするし、人々の複雑な思いを反映しているようにも見える。

11月17日には、ネオナチに近い極右による「フランスのイスラム化反対!」「ケバブはうんざりだ!」と叫ぶデモがパリで行われた。でも参加者は500人にも満たなかった。

あまりにも世相は暗い。そんな中、11月21日から、ノートルダム大聖堂の夜間ライトアップが復活した(深夜1時まで)。正面だけであるが、しっかりとそびえ立って照らし出される様子は、なんだか心に張りと力と希望を与えてくれる感じがする。

筆者はキリスト教徒ではないのに、不思議なものだなと思う。やはりノートルダム大聖堂は、フランスの、そしてパリのシンボルなのだ。パリの様子を、たとえそれが喜びではなくて困難であっても、今までと同じようにずっと見つめていてほしいと思う。

20191203issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

12月3日号(11月26日発売)は「香港のこれから」特集。デモ隊、香港政府、中国はどう動くか――。抵抗が沈静化しても「終わらない」理由とは? また、日本メディアではあまり報じられないデモ参加者の「本音」を香港人写真家・ジャーナリストが描きます。

プロフィール

今井佐緒里

フランス・パリ在住。個人ページは「欧州とEU そしてこの世界のものがたり」異文明の出会い、平等と自由、グローバル化と日本の国際化がテーマ。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使インタビュー記事も担当(〜18年)。ヤフーオーサー・個人・エキスパート(2017〜2025年3月)。編著『ニッポンの評判 世界17カ国レポート』新潮社、欧州の章編著『世界で広がる脱原発』宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省庁の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日経平均は反落、朝高後は利益確定 米FOMC前で

ワールド

欧州企業、中国供給網の多角化を加速=商工会議所

ビジネス

午後3時のドルは156円後半で小動き、米FOMC前

ビジネス

アクセンチュア、アンソロピックと提携拡大 従業員A
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【クイズ】アジアで唯一...「世界の観光都市ランキング」でトップ5に入ったのはどこ?
  • 3
    トランプの面目丸つぶれ...タイ・カンボジアで戦線拡大、そもそもの「停戦合意」の効果にも疑問符
  • 4
    中国の著名エコノミストが警告、過度の景気刺激が「…
  • 5
    死者は900人超、被災者は数百万人...アジア各地を襲…
  • 6
    「韓国のアマゾン」クーパン、国民の6割相当の大規模情…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 10
    イギリスは「監視」、日本は「記録」...防犯カメラの…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story