コラム

サウジ、IS、イランに共通する「宗教警察」の話

2016年04月26日(火)16時46分

 もうひとつ類似制度に「宗教警察」とか「道徳警察」と称されるものがある。これは、街中で信者がイスラームの戒律を遵守しているかどうか監視する組織である。サウジアラビアでは勧善懲悪委員会といい、首相府直轄の機関である(一般的にはムタワ〔正則アラビア語だとムッタウィァ〕と呼ばれる)。

 一方、ISではヒスバという。ISは支配領域各地にヒスバを設置して、市中の監視に当たらせている。彼らが主に取締まるのは、住民が礼拝や断食といった戒律を守っているかどうかで、仮に守っていないものがいれば、ひっ捕まえて罰を与えている。ISが古代の遺跡や遺物を破壊しているのはよく知られているが、それをやっているのも、多くがヒスバの連中である。ヒスバの活躍はISお気に入りのテーマのようで、彼らが町をパトロールして、力ずくで戒律を守らせながらも、市民に愛されているようすを描くビデオが多数出回っている。もちろん実際に愛されているかどうかは別の話である。

 サウジアラビアでも同様、ショッピングモールなどで、礼拝の時間なのにサボっていると、宗教警察が、礼拝にいけと急き立てる。昔は彼らは鞭をもって、いうことをきかない信者たちを情け容赦なく打擲していた。要するに、あまり敬虔でない信者や不信仰者にとっては恐怖の的だったのである。

 彼らは、自分たちこそ正しいイスラームの守護者だと自負しており、政府を無視して暴走することも少なくなかった。政府も手を焼くところがあったのだろう。最近、勧善懲悪委員会の活動を、逮捕や追跡でなく、当局への通報に制限するなどの規制ができた。任務遂行にあたっては「やさしく親切に」とわざわざ書かれており、そのこと自体、彼らが実際にはやさしく親切ではなかった証しであろう。

 だが、強面一方だったサウジの宗教警察も近年はソフト路線をとるようになっている。去年からは公式ツイッター・アカウント(@PvGovSa)で情報発信も開始した。

【参考記事】サウディ・イラン対立の深刻度

 いい忘れたが、「ワッハーブ派」と対極にいるイランにも宗教(道徳)警察はいる。ペルシア語では「ギャシュテ・エルシャード(道徳パトロール)」と呼ばれ、女性が髪の毛を隠すスカーフ(ヘジャーブ)をきちんとしていないのを取締まったりしている。先日も、私服エルシャード7000人が市中に配備されたとの報道があった。

【参考記事】改革はどこへ?覆面の「道徳ポリス」7000人が市民を監視するイラン

 イランでもやはりこういう組織は、信仰心の薄い人たちからは毛嫌いされているようで、エルシャードがどこにいるか地図上にマッピングして、避けられるようにするアンドロイド用アプリ「ゲルシャード」も人気だそうだ。ちなみにGooglePlayでは4.7と高評価である。

 もちろん、イランの宗教警察はワッハーブ派から学んだものではなく、似たような組織は古くから存在していた。19世紀のエスファハーンでは棍棒と鞭をもった連中がバーザールの入り口で見張っていたそうである。

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授等を経て、現職。早稲田大学客員教授を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米テスラ、従業員の解雇費用に3億5000万ドル超計

ワールド

中国の産業スパイ活動に警戒すべき、独情報機関が国内

ワールド

バイデン氏、ウクライナ支援法案に署名 数時間以内に

ビジネス

米耐久財コア受注、3月は0.2%増 第1四半期の設
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 2

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 3

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」の理由...関係者も見落とした「冷徹な市場のルール」

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 6

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 7

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    コロナ禍と東京五輪を挟んだ6年ぶりの訪問で、「新し…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 10

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story