コラム

日本に暴動がないのは安定の証拠か

2010年11月18日(木)16時36分

緊縮財政のイギリスでは激しいデモが多発している

違いは何? 緊縮財政のイギリスでは激しいデモが多発している(11月10日)
Toby Melville-Reuters
 

 11月16日付けのインターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙に、ユーラシアグループ代表のイアン・ブレマーが寄稿している。ブレマーは、日本人の間に国の先行きへの悲観論が広がっているが、実際には日本の未来はそう暗いものではなさそうだ、と論じている。

 民主党は財界の大物や官僚と折り合いをつける方法を身につけつつあるし、この1年、危機にさらされてきた日米関係も改善に向かいそうだ。しかも、日本では激しい反政府デモが起きていない──。

 ブレマーの主張に完全に賛同はできない。

 民主党と日米関係のくだりに関しては、程度の差こそあれ基本的に賛成だ。ただし、日本外交は「中国と距離を置き、アメリカに近づこうとしている」という指摘には疑問を感じる。米中のどちらか一方だけを選ぶべきではないという民主党の見解に沿って、菅政権は健全な日米関係の維持と同じくらい、中国との関係改善にも力を入れている。
 
 ブレマーの寄稿で興味深いのは、国の指導者を歴史上の独裁者たちになぞらえたプラカードが入り乱れるデモ行進や暴動、集会がないことを、日本政治が比較的安定していることを示す指標としている点だ。

 表面的な意味では、この指摘は正しい。深刻な不況に苦しむ国では市民運動が盛り上がるものものだが、日本ではこの20年間、そうした事態は起きていない。

■選挙でお灸を据えるだけで満足?

 20年間に及ぶデフレのおかげで消費者が文句を言わない、というブレマーの主張は理にかなっている。西ヨーロッパ諸国でデモの誘因となっている社会福祉の削減が行われていない日本では、物価が安いデフレ経済下で人々をデモに駆り立てる要因は見当たらない。

 仮に菅政権がイギリスのキャメロン政権と同じくらい厳しい歳出削減を推し進めたとしても、日本人は反政府デモに走らないだろうか。日本人が今後もデモから距離を置くとしたら、それはなぜだろう。

 日本人は世論調査や投票行動を通して不満を表明するだけで満足しているように見えるが、日本は諸外国と何が違うのか(日本人は衆議院選挙で自民党を勝たせ続ける一方、地方選挙や参院選ではお灸を据えるという形で政権への不支持を表明してきた)。

 私にはその答えはわからない。他の豊かな民主国家と異なり、日本で1960年代以降、反政府運動が下火になった理由は、戦後日本の興味深い謎の1つだ。そして、この謎に明快な答えはないと思う。

 アメリカのような反体制的なサブカルチャーが存在しないせい? それでは、60年代を境に状況が変わったことが説明できない。

 学生や労働者の集団活動をサポートする組織が力を失ったから? 削減されたときにデモを引き起こすほどの高福祉が存在しないから? それとも、半世紀に及ぶ自民党支配の結果、国民も利益団体もデモの余地を残さない政治手法に慣らされてしまったから?
  
 日本が実際に他の民主国家より安定しているとしたら、その理由を考えるのは有益な作業だ。日本が財政赤字削減のために社会保障費を削ろうとする場合には、特にその意味は大きい。日本でデモが起きない理由がわかれば、日本政界が今後も「比較的平穏な国内情勢」を享受できるかどうかを占う指標になり得るからだ。

[日本時間2010年11月17日15時02分更新]

プロフィール

トバイアス・ハリス

日本政治・東アジア研究者。06年〜07年まで民主党の浅尾慶一郎参院議員の私設秘書を務め、現在マサチューセッツ工科大学博士課程。日本政治や日米関係を中心に、ブログObserving Japanを執筆。ウォールストリート・ジャーナル紙(アジア版)やファー・イースタン・エコノミック・レビュー誌にも寄稿する気鋭の日本政治ウォッチャー。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

独ミュンヘン空港、ドローン目撃で一時閉鎖 17便欠

ワールド

お知らせ=重複記事を削除します

ビジネス

ムーディーズ、ニデックの格付けA3を格下げ方向で見

ビジネス

当面は米経済など点検、見通し実現していけば利上げ=
MAGAZINE
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
2025年10月 7日号(9/30発売)

投手復帰のシーズンもプレーオフに進出。二刀流の復活劇をアメリカはどう見たか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 2
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最悪」の下落リスク
  • 3
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 4
    「人類の起源」の定説が覆る大発見...100万年前の頭…
  • 5
    イスラエルのおぞましい野望「ガザ再編」は「1本の論…
  • 6
    「元は恐竜だったのにね...」行動が「完全に人間化」…
  • 7
    1日1000人が「ミリオネア」に...でも豪邸もヨットも…
  • 8
    女性兵士、花魁、ふんどし男......中国映画「731」が…
  • 9
    MITの地球化学者の研究により「地球初の動物」が判明…
  • 10
    【クイズ】1位はアメリカ...世界で2番目に「航空機・…
  • 1
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    トイレの外に「覗き魔」がいる...娘の訴えに家を飛び出した父親が見つけた「犯人の正体」にSNS爆笑
  • 4
    ウクライナにドローンを送り込むのはロシアだけでは…
  • 5
    こんな場面は子連れ客に気をつかうべき! 母親が「怒…
  • 6
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
  • 7
    【クイズ】世界で1番「がん」になる人の割合が高い国…
  • 8
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 9
    高校アメフトの試合中に「あまりに悪質なプレー」...…
  • 10
    虫刺されに見える? 足首の「謎の灰色の傷」の中から…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 4
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 5
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 6
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 9
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 10
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story