コラム

菅政権、成功のカギは「小泉方式」

2010年09月21日(火)17時39分

 民主党代表選挙の圧勝を受けて、菅直人首相は9月17日、改造内閣を発足させた。菅は「有言実行内閣」をめざすと言明したが、前途には険しい道が待ち受けている。

 その一つが急激な円高問題。日本銀行は円高に歯止めをかけるために外国為替市場に円売りドル買いの介入をしたが、その効果は一時的なものにすぎない。円安に誘導したところで日本は輸出依存型の経済から脱却できないし、長期的な円高傾向を変えることもできない。

 菅にとって危険なのは、短期的に効果のある対策と長期的に必要な対策が相容れないことだ。短期的に見れば、経済成長のためには従来型の輸出主導モデルに頼るしかない。円高が続けば、日本の製造業の海外移転がますます加速するため、景気回復を優先させたい政府には日銀に介入圧力をかけるくらいしか選択肢がないのだ。

 だが長期的に考えれば、日本はサービス部門を再生させることで、よりバランスの取れた成長モデルを構築する必要がある。

 この長期目標の達成は菅政権の最重要課題だが、仮に政治環境が完璧に整っていたとしても実現は難しい。そして、現在の政治環境は完璧には程遠い。

■小沢は「長老議員」の立場に退くか

 第一に、代表選に勝ったとはいえ、菅は党内での立場を強化する努力を今後も続けなければならない。幹事長に就任した岡田克也が、菅をきちんとサポートできるかは未知数だ。岡田の幹事長就任に異論があったことを考えれば、彼はこのポストに適任でないとも考えられる。

 とはいえ、党内最大の問題分子は依然として小沢一郎かもしれない。代表選で圧倒的な得票差がついたため当面は活動を控えるかもしれないが、内閣改造と党役員人事で「脱小沢」を貫いた菅に対してどう反応するかわからない。

 小沢が離党する可能性は低いと思う。菅政権の支持率が持ち直している現状ではなおさら、ともに離党する議員を大勢確保できる保証がないからだ。

 菅の追放に失敗した今、小沢は私が以前予想したような役割、つまり、政府の判断に苦言を呈する「党内部の批判勢力」でありながら、反対派を積極的に取りまとめるわけではない「長老議員」の立場に退くのではないだろうか。

 もっとも、小沢絡みの問題が減ったとしても、菅には政府の方針に批判的な民主党議員たちへの対応という課題が残されている(菅は、民主党の全議員が一丸となった「412人内閣」をめざすと語り、批判的な議員の存在を暗に示唆した)。2009年の総選挙でのマニフェストを見直す以上、民主党議員の政策決定への関与は避けられない。だが、菅が政策課題の主導権を握ることができれば、民主党議員の関与は必ずしも厄介なことではない。

 菅が主導権を握れるかどうかは、野党の動きにかかっている。野党を説得できなければ、菅政権が実現したい政策は国会審議の過程で頓挫する。改造内閣の支持率が菅政権発足時と同じ水準に跳ね上がったことは、菅には追い風になるはずだ。あとは、優柔不断な態度や実行力の欠如によって世論の支持を失わないことが肝要だ。

■政治主導よりも諮問機関の活用を

 実際、菅が成功する唯一の方法は、世論に直接訴えかけ、野党や党内の反対派の抵抗を押さえ込む「小泉方式」だろう。ただし、国民の気持ちを引きつけるに、菅はまず具体的な提案をしなければならない。マクロとミクロ両面での景気対策を打ち出し、財政の無駄をなくし、規制緩和や税制改革を進め、国民の生活を改善できるような経済政策が必要だ。

 そうした政策をつくる力が政府内にないのなら、歴代首相に倣って、財界の著名人や労組、学者、官僚、さらに野党も含めた諮問機関を設置すべきだ。諮問機関が定期的に構想の草案を公表し、世論形成をリードできれば、政策の策定だけでなく、国民へのPRにも役立つ存在となる。

 政策の策定を諮問機関に委ねるのは、政治主導を掲げる民主党の理念と相容れない。だが現時点では、菅政権には他に選択肢はないように思う。

 民主党がこの1年間に何度「成長戦略」を打ち出したのか、もうわからなくなってしまったが、多すぎるのは間違いない。世論は菅と民主党にもう一度チャンスを与えたいと思っているが、これまでのやり方ではダメなことは明らかだ。

 菅が世論を味方にできなければ、その行く末は容易に想像できる。低支持率、野党の議事進行妨害、党内の内紛──。小泉後のすべての歴代首相が陥ったのと同じ結末が、菅を待ち受けている。

[日本時間2010年9月19日20時31分更新]

プロフィール

トバイアス・ハリス

日本政治・東アジア研究者。06年〜07年まで民主党の浅尾慶一郎参院議員の私設秘書を務め、現在マサチューセッツ工科大学博士課程。日本政治や日米関係を中心に、ブログObserving Japanを執筆。ウォールストリート・ジャーナル紙(アジア版)やファー・イースタン・エコノミック・レビュー誌にも寄稿する気鋭の日本政治ウォッチャー。

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