コラム
CIAが視る世界 グレン・カール
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なぜアメリカで不法移民が増えたのか......その歴史的経緯

<死者が出る大掛かりな摘発への反発が広がり、トランプ政権はようやく「移民狩り」をトーンダウンし始めた。しかしそもそも南部の安価な労働力として、不法移民の取り締まりを骨抜きにしたのは1980年代の共和党だった> 米中西部のミネアポリスでは、昨年12月以降、約3000人の武装した移民関税執行局(ICE)職員が家屋に突入したり、自動車内の人を引きずり出したりしている。標的は不法移民だ。ホワイトハウスの報道官は、こうした人たちを「最悪中最悪の犯罪者、違法外国人の殺人犯、レイプ犯、小児性愛者」と呼ぶ。 ミネアポリスでは今年に入って、手荒な取り締まりに抗議した市民2人が相次いで連邦当局職員に射殺された。それを機に、トランプ政権に対する大きな抗議活動が全米に広がっているが、バンス副大統領は、射殺された人物が「洗脳」されていたと決め付け、「左翼イデオロギー」の犠牲者だと主張している。 2016年と24年の2度の大統領選でトランプが当選した大きな理由は、平均的なアメリカ人が抱く経済的な不安と不法移民に対する反発に訴えかけたことにあった。トランプは選挙戦で、不法移民の急増を終わらせると約束した。 現在、アメリカに滞在している不法移民は約1400万人に上る。これほどまでに不法移民が増加した理由は明らかだ。 ===== 米南西部の大手農業資本のニーズ --> 米南西部の大手農業資本のニーズ まず、供給側の要因。不法移民流入の最新の波は10年頃から始まった。この時期は、中米諸国(特にグアテマラ、ホンジュラス、ベネズエラ)の政治と経済が崩壊した時期と合致する。これらの国々が厳しい状況に陥った背景には、まっとうな法の支配とある程度の労働者保護を確立せずに新自由主義的な経済改革を推進したこと、麻薬密売組織の力が増大したこと(アメリカで違法薬物への需要が大きいことがそれを後押しした)、そして新型コロナのパンデミックの打撃があった。 一方、アメリカでは不法移民、つまり安価な労働力への需要も大きい。ここには、ある皮肉な要因も作用している。1986年に移民法の大幅改正がなされた際、共和党は、農場での働き手を確保したい米南西部の大手農業資本のニーズに応えて、不法移民を雇った雇用主に対する罰則を骨抜きにしていたのだ。 こうして、大量の不法移民がアメリカにやって来た。アメリカでは祖国の10倍近い給料を受け取れるし、麻薬密売組織に怯える必要もなく、政府も機能不全に陥っていない。しかし、不法移民の増加に比例して、英語を母語とする白人労働者階級のアメリカ人の怒りと反発が高まっていった。 ===== 移民叩きの根拠「大置換理論」とは --> 移民叩きの根拠「大置換理論」とは トランプ政権は、白人たちが抱く人種関連の不安にも訴えかけている。8万人近くのソマリア系移民(多くは既にアメリカの市民権を取得している)が暮らすミネソタ州では最近、政府補助金の大規模な詐取事件で50人を超すソマリア系移民が有罪判決を言い渡された。それを受けてトランプはソマリア系移民を「ゴミ」と呼び、「ここから出ていくべき」だと言い切った。 こうした姿勢は全く意外でない。アメリカのネオナチの間には、いわゆる「大置換理論」が浸透している。左翼と野党の民主党とエリート層がアメリカの白人を黒人やユダヤ人など、ほかの人種と「置き換え」ようと企てているという考え方である。トランプは、このような陰謀論を信じる人たちの支持を獲得しようとしているのだ。 ミネアポリスが標的にされたことも意外ではない。ミネアポリスはアメリカでも有数の民主党が強い都市であり、ミネソタ州のティム・ウォルズ知事は24年大統領選で民主党の副大統領候補だった人物だ。 いずれにせよ、不法移民をめぐるトランプ政権の動きは既に、アメリカの社会的・政治的亀裂を深刻化させている。アメリカで政治的暴力がこれまでより頻発することは間違いなさそうだ。 【関連記事】 高市積極財政にアメリカが慌てる理由 グラフが示す「米国人のトランプ離れ」の実態 エプスタインが政権中枢の情報をプーチンに流していた?

2026.02.07 
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トランプを支配する「サムライ・ニッポン」的価値観を理解せよ

<トランプの外交は常に恫喝と曖昧さと矛盾に満ちている。誇りと名誉にのみ重きを置く「マフィアのボス」的リーダーシップは、往々にしてトランプの「空白」を利用して自分の政策を実現しようとする部下を引き付ける> アメリカの力により、腐敗した現体制を倒してほしい──イランで拡大している反政府デモの参加者たちは、トランプ米大統領が行動を起こすことを切望している。 しかし、イランに関するトランプの発言は、(毎度の話ではあるが)恫喝と曖昧さと矛盾に満ちている。当初、米軍は「準備万端」で、「もうすぐ助けが向かう」とデモ隊に請け合っていた。しかし程なく、トーンダウン。「(イラン政府がデモ参加者を処刑すれば)極めて強い措置を取るが、差し当たり処刑は停止されていると聞いている」と、最近述べた。 イランに限った話ではない。トランプ政権は1月初めにベネズエラで軍事作戦を実行し、マドゥロ大統領を拘束してアメリカに移送した。その際、トランプはアメリカがベネズエラを「運営」すると述べたが、実際にはマドゥロ政権の幹部たちが政権にとどまっている。そもそもトランプは、いわゆる「ドンロー主義」を打ち出し、南北アメリカ大陸以外の地域に介入することを拒否する姿勢を示していた。 トランプの発言と政策は矛盾していたり、一貫性を欠いていたりするように見える。トランプの外交政策は孤立主義的とは言い切れず、そうかといって帝国主義的とも言い切れない。「国際秩序」に関するいかなる概念にも当てはまらないように思える。 ===== 意味を持つのは取引、自尊心、そして個人的な忠誠心 --> 意味を持つのは取引、自尊心、そして個人的な忠誠心 実は、外交や国際政治の概念でトランプを分析しても正しい理解は得られない。ジェームズ・コミー元FBI長官の言葉が核心を突いている。「トランプのリーダーシップで大きな意味を持つのは、取引、自尊心、そして個人的な忠誠心だ。私が昔、マフィアのボスを摘発していた頃を思い出す」 トランプは、過ぎ去りし時代の世界観の持ち主と言える。その世界観の下では、権力と地位の土台を成すのは名誉と敬意であり、力関係を確立するのは暴力的な言葉と物理的な暴力。庇護と忠誠を通じて関係は強化される。ただし、格下の側は恩を忘れず、立場をわきまえなくてはならない。 トランプがロシアのプーチン大統領のような強権型の人物と接近する理由はここにある。トランプ流の世界観においては、強権的なリーダー以外は「弱者」にすぎず、民主主義は、弱者が強者に足かせをはめる手段と見なされるのだ。 トランプを大統領執務室のアル・カポネだと考えれば、ベネズエラやイランに対する姿勢も、「勢力圏」や「勢力均衡」に関する主張も全てつじつまが合う。トランプの世界では、政策は二者間の「ディール(取引)」に終始し、プーチンやイーロン・マスク、ジェフ・ベゾスといった強権型の人物だけが、ボスであるトランプとのディールを通じて恩恵を得ることができる。 ===== 政策として追求したい目標はない --> 政策として追求したい目標はない トランプ流には、もう1つ見落とせない側面がある。いくつかのことを本能的に好んだり嫌ったりするのを別にすれば、トランプには政策として追求したい目標はほとんど、もしくは全くない。その結果、ルビオ国務長官やネオコン派の側近などの政権幹部たちがアメリカの外交政策を形づくることが可能になっている。メンツを重視するトランプの考え方から大きく逸脱することさえ避ければ、キューバやベネズエラ、イランの体制転換を目指すなど、幹部たちには自らが重んじる政策目標を追求する余地が生まれるのだ。 トランプは、近代以前のシチリア島や徳川時代の日本のように、誇りと名誉に重きを置く世界で生きている。それはディールが大きな意味を持つ世界でもある。そのような世界において、外交はゼロサムゲーム的な発想で自己の利益を追求することを通じてしか、安定を生み出せない。 【関連記事】 【Newsweek対談動画】地経学で見たトランプ政権の成績表(鈴木一人・東京大学公共政策大学院教授) 【Newsweek対談動画】ベネズエラの"次"を読む(前嶋和弘・上智大学教授) 世界最大の埋蔵量でも「儲からない」? 米石油大手がベネズエラ投資に慎重な理由

2026.01.23
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2026年、トランプは最大の政治的試練に直面する

<2026年にはアメリカの有権者が現実に目を向け、熱狂的な支持者さえ反旗を翻すようになる――そう思わせる兆しが出てきた> ある人物の政治家と

2025.12.28
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マムダニNY市長は、トランプに追い詰められた民主党を救う「正解」か

<ニューヨーク市長に当選したウガンダ生まれでインド系ムスリム、かつ自称「民主社会主義者」のマムダニがトランプに追い詰められた民主党を救う..

2025.11.22
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ガザ恒久和平の実現には長期間の忍耐が必要......トランプの性格的にできるのか?

<ガザで捕らわれていたイスラエル人の人質20人が2年ぶりに解放された。トランプ大統領や周辺はトランプがノーベル平和賞を受賞すべきと主張するが

2025.10.15
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カーク暗殺の直後から「極左」批判...トランプ政権が完全無視した「都合の悪い真実」とは?

<アメリカでは「ファクト」は二の次になってしまった──事件後の政権の行動の裏に見える思惑とは?> トランプ米大統領とも極めて近い関係にあった

2025.09.29
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「会議は踊る、されど進まず」......アラスカの茶番劇でアメリカが失ったもの

<アラスカでの米ロ首脳会談と、その直後の米・ウクライナ・欧州首脳会談は「会議は踊る」の言葉が相応しい、結果の伴わない内容だった。しかし、空疎

2025.08.26
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プーチンにコケにされた! トランプの自己愛がウクライナの助け舟になる皮肉

<トランプがウクライナへの武器供与を再開する、と発表した。ほぼ180度の方針転換だが、この決定は外交戦略以上にトランプの個人的心理の影響が大

2025.07.26
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名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に? アメリカが日本に向ける厳しい目

<名古屋が中国から輸出された麻薬フェンタニルの原料物質の中継点になっているーー。日経新聞の報道とグラス駐日大使のXのポストでこの問題への関心

2025.07.08
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戦術で勝って戦略で負ける......イスラエル軍事作戦の勝因と限界

<トランプの核施設爆撃に先立つイスラエルのイラン攻撃は、歴史上指折りの情報工作の成功例だ。しかし、イスラエルは戦略的目標を見失っていないか>

2025.06.28
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特集:トランプの帝国
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2026年2月10日号(2/ 3発売)

南北アメリカの完全支配を狙うトランプの戦略は中国を利し、世界の経済勢力図を完全に塗り替える

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