私は工作員になりたての頃、ル・カレの作品にはこの世界のポジティブな側面が欠けていると感じていた。私たちが冷酷になるのは、私たちが守りたい人々のためだ。もちろん、国益の前では理想など吹けば飛ぶようなものであることは知っていたが、今も同僚のほとんどは立派な人格者だと思っている。しかし、その代償は......息子にこう言われことがある。「父さんの仕事を尊敬するよ。でも、ひどく孤独だね」

最高の情報工作員とは、不道徳で冷酷な職業に生きる一流のモラリストのことだ。この世界の曖昧さ、矛盾、個人的悲劇、 それでも理想の光を求める工作員の切なる願い──その描写においてル・カレの右に出る者はいない。

スパイは秘密の場所で会う「ターゲット」の心を操り、場合によっては破壊する。だが、同時に愛情を抱いてもいるのだ。

<2020年12月29日/2021年1月5日号掲載>

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