コラム

イラン核科学者暗殺の皮肉な「成果」──米次期政権と中東勢力争いに波紋

2020年12月10日(木)18時00分

首都テヘランで行われたファクリザデの葬儀(11月30日) IRANIAN DEFENSE MINISTRY-WANA-HANDOUT-REUTERS

<この暗殺がイラン国内における強硬派の立場を強化し、核兵器開発に拍車がかかる可能性は大きいが、影響はそれだけではない>

イランの核兵器開発を主導していた核科学者モフセン・ファクリザデが暗殺された11月27日の事件は、ほぼ間違いなくイスラエルの秘密情報機関モサドの犯行だろう。この作戦はおそらく、アメリカの暗黙の了解の下で実行された。モサドは7月にもイランの核関連施設を爆破。アメリカも1月にイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官をドローン攻撃で殺害している。

暗殺の主要目的は、アメリカのバイデン次期政権とイランの交渉を難しくすることにあったようだ(もちろん、イランの核開発を中断させるという2次的効果もある)。黒幕はイスラエルのネタニヤフ首相とポンペオ米国務長官だろう。両者とも長年にわたり、戦争を含むイランへの武力行使を主張し、実行に移してきた。

この暗殺が米・イラン間の緊張緩和の可能性に水を差すかどうかは、イラン国内における強硬派(最高指導者ハメネイ師や革命防衛隊)と穏健派(ロウハニ大統領)との論争の行方に大きく左右される。イランでは2021年6月18日に大統領選が予定されているが、3選が禁じられているロウハニの後任候補を、保守強硬派が破る可能性は高い。ファクリザデの暗殺は強硬派の立場をさらに強化することになる。

だが今回の暗殺は、もっと大きな文脈で考える必要がある。イランの核開発以上に懸念されるのは、アメリカの対イラン政策と中東での大国間の勢力争いへの影響だ。

アメリカの新保守主義者(ネオコン)はイスラエルの保守政権と共に、何十年も前からイランの核開発阻止と体制転覆のために武力行使を伴う秘密作戦を提唱し、戦争も辞さない姿勢を示してきた。最近はトランプ派の孤立主義者もこの勢力に加わった。

一方、これに反対してきたのが民主党の国際主義者(および国家安全保障問題の専門家の大半)だ。彼らはイランの核開発を止め、戦争を回避する唯一の効果的手段として交渉による問題解決を支持してきた。

どちらのアプローチがより効果的かは明らかだ。強硬派は2003年、イランを牽制する狙いもあってイラクに侵攻したが、結果的にイランの影響力はイラク全土に広がり、シリアでもこれまで以上に強化された。

国際主義者が主導した「イラン核合意」の下で、イランは核兵器開発と核燃料となるウランの濃縮計画を停止した。過去2年間の強硬派の「最大限の圧力」政策の下では、イランは低濃縮ウランの貯蔵量を核合意で認められた上限の12倍以上に増やした。核合意の下では、イランは核兵器製造までに少なくとも10~15年必要だったが、今ではわずか1年に短縮された。

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

三菱自社長、ネクスペリア問題の影響「11月半ば過ぎ

ワールド

EUが排出量削減目標で合意、COP30で提示 クレ

ビジネス

三村財務官、AI主導の株高に懸念表明

ビジネス

仏サービスPMI、10月は48.0 14カ月連続の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に「非常識すぎる」要求...CAが取った行動が話題に
  • 4
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 5
    これをすれば「安定した子供」に育つ?...児童心理学…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    「白人に見えない」と言われ続けた白人女性...外見と…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    高市首相に注がれる冷たい視線...昔ながらのタカ派で…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story