コラム

失言王「森喜朗」から変質した自民党20年史

2021年02月08日(月)19時00分

小泉内閣は所謂「郵政解散(2005年8月)」で大勝利するが、小泉首相自身の美学(?)もあってか、2006年9月に総辞職し、事実上後継指名した安倍晋三(第一次)に禅譲して第一次安倍内閣が誕生した。

今から考えれば、小泉内閣には復古調的価値観はそれほど濃くなかっただろうものの、靖国神社を参拝するなどして保守層の歓心を大きく買った。現在のネット右翼・保守界隈では、小泉氏の進めた新自由主義的構造改革路線を批判的にみる向きが強いが、小泉内閣当時は首相の靖国参拝の一点を以て「真の保守政治家」として翼賛的に礼賛する傾向があった。

そして政権は、第一次安倍(清和会)、福田康夫内閣(清和会)、宏池会系諸派の麻生内閣と民主党政権を経て、2012年から再び第二次安倍(清和会)が続き、タカ派、復古主義的傾向の強い清和会の天下が続くことになる。

様々な評価があるのを覚悟して言えば、21世紀の自民党20年史を俯瞰するに、間違いなく右派・保守・タカ派的観点を持ち、それまで非主流として自民党内で辛酸を舐めてきた清和会が、まるで「我が世の春」として天下を迎えるきっかけは、森喜朗内閣が原点である。それも皮肉なことに、森内閣が支持されたのが原因ではなく、森内閣が党内から倒閣運動を起こされるほど不人気がゆえに誕生した小泉内閣への熱狂的支持が産んだ結果と言える。

自民党「右傾化」の原因は森内閣にあり

そしてそれと同時に、清和会森内閣の倒閣を目論んだ「加藤の乱」が大失敗したことで、保守本流として厳然たる勢力を誇ったハト派の宏池会の影響力が分裂、低減したことによる、自民党自体の「右傾化」「タカ派化」がこの20年の間、顕著になった。すでに述べた通り、清和会の基本スタンスは伝統的に大資本家寄りの法人税減税・規制緩和路線であり、外交的には親米保守で、反共主義を旨とし、中国・ソ連に対して敵愾の価値観を苗床にしているからである。こうして日本政治、ひいては自民党の「右傾化」は、森内閣誕生にその原点が見いだされよう。

更に言えば、第二次安倍政権総辞職後の自民党総裁選挙(2020年9月)において、各派閥から横断的に支持を受けた菅義偉氏が総裁に選出されたが、宏池会の看板を背負う岸田文雄氏への得票が今一つだったことを踏まえると、保守本流と謳われた宏池会の凋落ぶりが改めて分かる。21世紀に入り、自民党の「右傾化」「タカ派化」路線の出発点になったのは、とどのつまり森内閣誕生と、その不人気により誕生した同じ清和会の小泉内閣だったと言えるのではないか。

こうして、小渕恵三首相急逝による森喜朗内閣の誕生によって、自民党の体質は幸か不幸かこの20年、劇的に「変質」した。すでに述べたように、森内閣の発足当時は「居抜き内閣」だったので、清和会路線は希薄だった。だが森内閣は内閣改造を経て清和会的本格内閣への準備を図ろうとした、いわば「実験内閣」であったともいえる。

おりしも森内閣は、2000年~2001年という、世紀を跨いだ激動の時代に政権を担当した内閣であった。爾来、20年間の自民党を考えるとき、右派的・タカ派的・復古的価値観を持った清和会の伸長・天下と、加藤の乱で衰微した伝統的なハト派「宏池会系」の影響力減衰は見過ごすことのできない決定的事実である。

日本政治、ひいてはここ20年余の自民党の「右傾化」を批判的にみるならば、その苗床は明らかに森喜朗内閣の時代に求められよう。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

ニューズウィーク日本版 教養としてのBL入門
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月23日号(12月16日発売)は「教養としてのBL入門」特集。実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気の歴史と背景をひもとく/日米「男同士の愛」比較/権力と戦う中華BL/まずは入門10作品

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

古谷経衡

(ふるや・つねひら)作家、評論家、愛猫家、ラブホテル評論家。1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2014年よりNPO法人江東映像文化振興事業団理事長。2017年から社)日本ペンクラブ正会員。著書に『日本を蝕む極論の正体』『意識高い系の研究』『左翼も右翼もウソばかり』『女政治家の通信簿』『若者は本当に右傾化しているのか』『日本型リア充の研究』など。長編小説に『愛国商売』、新著に『敗軍の名将』

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエルがイラン再攻撃計画か、トランプ氏に説明へ

ワールド

プーチン氏のウクライナ占領目標は不変、米情報機関が

ビジネス

マスク氏資産、初の7000億ドル超え 巨額報酬認め

ワールド

米、3カ国高官会談を提案 ゼレンスキー氏「成果あれ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦い」...ドラマ化に漕ぎ着けるための「2つの秘策」とは?
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 6
    70%の大学生が「孤独」、問題は高齢者より深刻...物…
  • 7
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 8
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 9
    ロシア、北朝鮮兵への報酬「不払い」疑惑...金正恩が…
  • 10
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story