コラム

リビア:新たな「アラブの春」の幕開けになるか

2011年08月26日(金)13時37分

 半年にわたって繰り広げられたリビアの政権打倒を巡る攻防は、21日、首都トリポリの大半を反乱軍が制圧して、ようやく決着がつきつつある。40年以上権力を独占してきたムアンマル・カッダーフィは、まだ見つかっても拘束されてもいないが、国際社会は反体制派による「革命」に概ね好意的だ。なによりアラブ連盟が歓迎しているし、バハレーンの反政府活動を潰したサウディアラビアも、リビアで起きたことにはオッケーだ。外国軍の介入、特に米軍の関与に敏感なレバノンのヒズブッラーですら、カッダーフィ政権崩壊に賛成している。

 この手の「外国軍の支援を得た反政府側の勝利」という構造は、多くの場合、「外国の手先」として同胞、周辺国から白い目で見られることが多い。イラク戦争がその典型例で、反フセイン派が米軍による外国支配を呼び込んだとして、戦後のイラク政権は周辺アラブ諸国からの冷たい視線に悩まされている。イラクの場合はそれに宗派対立構造が絡んで、特にスンナ派諸国の不快を買った。

 米軍は、リビアに対処するうえでそのことを常に考えていたに違いない。イラクに続いてリビアでも「侵略者米国」の汚名を重ねることだけは、したくない。

 その結果、今回の革命は外国軍関与のイメージが最大限抑えられるような展開で進んだ。9-11以降米国の中東政策に手厳しいコメントを発表し続けてきた米中東研究者の重鎮、ホアン・コール氏は自身のブログで、今回の成り行きを「予想外の成功」と、読者がとまどうくらいに褒めちぎっている。革命の当事者はあくまでもリビア人で、しかも「すでに反政府側に落ちていた東部のベンガジが抵抗する西部の首都を陥れた」というような地域内戦にもならなかった。首都陥落に王手をかけたのが首都の労働者層だった、というコールの指摘は、エジプトやチュニジアでみられたような「ワーキングプアの反乱」的要素を示していて、面白い。

 外国軍は、イラクやアフガニスタンと違って本土に地上軍を送ったわけではない。NATO内部も、米軍主導というよりはヨーロッパの発言力が高かった。そのことも、上に挙げたような「反米」がアラブ諸国から巻き起こらない要因のひとつだろう。

 今年3月以降、エジプト、チュニジアでの「アラブの春」は、その後が続かないまま、なんとなく意気消沈モードとなっていた。リビア、イエメン、シリアと、民衆が立ち上がったはいいが政権側の激しい弾圧に圧されて被害が増えるばかり、というケースが続き、「春」は一気に「冬」に舞い戻るかと懸念されていた。リビアでの「成功」はその懸念をわずかでも吹き飛ばす、「残暑」のお祭りだった。

 タフな独裁政権が倒れたという事実は、なによりもシリアに大きな影響を与えるに違いない。中東和平で欠かせないパートナーのシリアには、米国としてはあくまでも直接関与したくない。だが国際世論は日々、アサド政権の暴政に批判を高めている。

 米国は、リビア政権崩壊を機会にシリアにもドミノ現象が起きてくれれば、米国が下手に手を下すような事態にならずにすんでいいのだが、などと期待しているに違いない。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

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