コラム

相手の国を知らずして攻撃して

2013年04月02日(火)12時59分

 アメリカやイギリスがイラクを攻撃してから10年。

 イラク国内では、いまだに爆弾テロが絶えません。米軍は、「イラクの治安はイラクの国軍と警察で維持できるようになった」として撤退しましたが、これが逃げ出す口実であったことは明らかです。

 アメリカによる攻撃で、多数の犠牲者が出て、いまも出続けるイラク。アメリカによる攻撃が間違いだったことは、すでに歴史が証明していると言っていいでしょう。

 ただ、では残虐なフセイン大統領の独裁が続いていてよかったのか、と問われると、なかなか答えにくいものですが。少なくともアメリカの攻撃の前や後にやるべきことがあったことは確かでしょう。

 本誌4月2日号の「予見されていたイラク戦争後」は、そんなアメリカの失敗を改めて整理しています。

 米軍侵攻の3週間前、ジョージ・W・ブッシュ大統領は、こう講演していたそうです。

「解放されたイラクは近隣諸国の模範となり、自由の持つ力を見せつけ、この死活的に重要な地域を変えていくだろう」

「解放」されたというイラクは、模範ではなく反面教師になっています。

 ブッシュは知らなかったのです。イラクには、2種類のイスラム教徒が存在することすら。

 イラク侵攻の2か月前、亡命イラク人がブッシュに対し、「フセイン後のイラクではスンニ派とシーア派の争いが必ず再燃する、米軍はこの宗派間の緊張を和らげる措置をとるべきだ」と伝えると、「ブッシュは狐につままれたような顔をしていたという。イラクには2種類のイスラム教徒がいて互いに反目し合っていることなど、知らなかったからだ」

 フセイン後のイラクを、アメリカ人の無知が滅茶苦茶にしました。

「暫定統治の任を委ねられたポール・ブレマーはさっさとイラク軍を解体し、旧与党のバース党員が公務員になることを禁じてしまった。これでイラクの秩序は完全に崩壊した」

 相手の国のことを知らないまま攻撃するなど、いまから思えば信じられないことです。まあ。かつての日本も、アメリカのことをよく知らないまま攻撃しましたが。

 この記事は、こう結びます。

「実力で他国の運命を変えようと思うなら、行動を起こす前にその国の政治や歴史、文化を理解しておき、自分の行動がもたらすであろう結果をきちんと考慮しておくべきだ」

 これは、すべてに言えることでしょう。歴史を学ぶ重要性が、ここでもわかります。

<編集部からのお知らせ>
サイトリニューアルのため、池上彰さんの当コラム「Newsweek斜め読み」は今回が最終回になります。長い間のご愛読ありがとうございました。

プロフィール

池上彰

ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。32年間、報道記者として活躍する。94年から11年間放送された『週刊こどもニュース』のお父さん役で人気に。『14歳からの世界金融危機。』(マガジンハウス)、『そうだったのか!現代史』(集英社)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

三井物産、26年3月期純利益は14%減見込む 資源

ワールド

旧称「スターリングラード」の復活、住民に決定権=プ

ビジネス

消費者態度指数、4月は23年2月以来の低水準 基調

ワールド

米、イランのフーシ派支援に警告 国防長官「結果引き
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 2
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    中居正広事件は「ポジティブ」な空気が生んだ...誰も…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 10
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story