コラム

中国の夢、それぞれの日々

2014年04月11日(金)20時08分

 なぜこの二つのケースをここで並べたかというと、一口に中国人と言ってもいろんな人がいる、ということだ。彼らは日頃自身の存在や関心を声高に叫んだり、仲間内で集まってシュプレヒコールを上げたりするわけではない。そしてたとえば日本についても、日頃は選手養成所に泊まり込みで年がら年中、準(及び準々)ナショナルチーム選手の訓練に明け暮れている中年コーチが、鍋の向こうで「いいとこだ」なんてふとつぶやくなんて、その場を経験したことのない日本人には多分想像もつかないだろう。

 人間というのは、いろいろな要素が組み合わさってできている。中国にも別に日本のアニメの話題に集まる若者や、日本語教室や日本の関係機関に足繁く出入りするわけじゃない人でも日本に好感や良いイメージを持っている人はたくさんいる。中国発の日本メディアの記事を読んでいると、日本での反中感情の高まりに抵抗しようと一生懸命に中国で日本に好感を寄せる人を掘り起こし、その声を日本に伝えようとしているが、「日本」をキーワードに集まってくる人ばかりをどんなに追いかけても彼らの存在は伝えられても、水面に現れない現実は見えてこない。

 そんな彼らは声高には叫ばないと書いたが、中国国内で起こっている事象についても彼らは知っていても同じように叫ばない。たとえば、この二つのケースでわたしはこんな話をした。

 3月8日にマレーシアのクアラルンプールを飛び立って以来、行方不明になっているマレーシア航空機事件関連の話題だった。乗客の7割近くが中国人だったこの飛行機の行方を世界中の関係者が探しまわり、情報は二転三転した後、24日夜になってとうとうマレーシアのナジブ首相が「インド洋沖に墜落したと分析された。生還者はない」と発表、長い間一縷の望みを持ち続けてきた家族たちは悲嘆のどん底に落とされた。マレーシア側は航空会社のみならず、政府や軍がこれまで散々捜索関係者を混乱させる発言をしてきており、家族の不満は爆発した。

 翌25日午後、悲嘆と怒りに包まれた家族たちが北京のマレーシア大使館に抗議に行くというニュースが伝わってきた。現場にいた西洋メディア記者がツイッターで、「家族は(滞在先の)リドホテルから大型バスに乗り込み大使館に向かった」とつぶやいていた。これを読んでわたしの中で何かがひっかかった。だが、それが「何」なのか、その時はよくわからなかった。たったこれだけのツイートの何が問題なんだろう?

 マレーシア大使館前には多くの警官とメディアが詰めかけていたようだ。だが、警官隊はやってきた家族たちからメディアを引き離し、警官たちが作った壁の外へとメディアを追い出した。家族たちは激昂したまま、大使館に向かって大きな声を上げる。中から書記官のような若い男性が出てきて、家族代表からの抗議書を受け取ったという。

 これら現場の様子を、すべて複数の西洋メディア記者たちの現場ツイートを眺めて理解した。そして「抗議を始めてから2時間、また大型バスがやってきて家族たちはそれに乗ってリドホテルに帰っていった」......。なんとも統制がとれている。ん? そういえば、誰がその「大型バス」を手配したのだろう? ずっと待ち続けていた情報に翻弄された挙句、「生還者はいない」との発表に奈落の底に突き落とされ、情緒的に不安定になっていた家族たちが翌日冷静になり、団体を組んでバスを手配したとでも? そして誰がバス代を払うのだろう?

 そう、最初のツイートを見てひっかかっていた「何か」はそれだった。誰がそんな局面でわざわざそんな手配をすることができたのだろう?

プロフィール

ふるまい よしこ

フリーランスライター。北九州大学(現北九州市立大学)外国語学部中国学科卒。1987年から香港中文大学で広東語を学んだ後、雑誌編集者を経てライターに。現在は北京を中心に、主に文化、芸術、庶民生活、日常のニュース、インターネット事情などから、日本メディアが伝えない中国社会事情をリポート、解説している。著書に『香港玉手箱』(石風社)、『中国新声代』(集広舎)。
個人サイト:http://wanzee.seesaa.net
ツイッター:@furumai_yoshiko

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国万科、最終的な債務再編まで何度も返済猶予か=ア

ビジネス

中国、来年も政府債発行を「高水準」に維持へ=関係筋

ワールド

ロシアがウクライナを大規模攻撃、3人死亡 各地で停

ワールド

中国、米国に核軍縮の責任果たすよう要求 米国防総省
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 2
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    【外国人材戦略】入国者の3分の2に帰国してもらい、…
  • 5
    「信じられない...」何年間もネグレクトされ、「異様…
  • 6
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 7
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 8
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 9
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 10
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 9
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 10
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story