コラム

グレーゾーンvsグレーゾーン:それがこの国?

2014年04月02日(水)06時24分

 2月の「人々はスマホに自分の運命を賭け始めた?」でわたしが興奮丸出しでご紹介した、「アリババ vs テンセント」という2大ネット企業のオンライン支払いサービス合戦は、あれからまだ1ヶ月あまりしか経っていないのに、さらにまた別の局面に入った。

 一応報告しておく。前回の記事では「阿里巴巴 Alibaba」(以下、アリババ)が展開する財テクサービス(「余額宝」)を「サービス開始からわずか7ヶ月余りで4900万ユーザー、2500億元(約4兆2千億円)を集めた」という1月時の統計でご紹介したが、3月中旬に明らかになったところによると、余額宝の規模はすでに「ユーザー数8100万人、調達額は5400億元超(約9兆円)」に達したという。お陰でこの余額宝の財テクサービスを一手に引き受けている天弘基金管理有限公司は、あっという間に中国の業界トップに躍り出たそうだ。

 これを「恐るべし、中国のバブル」と形容する人もいる。だが、政府の金利政策によって銀行の利率が一律低く抑えられている中国において、人々が少しでもよい利回りを求める気持ちは理解できる。同様の思いがあるからこそ、「ビットコイン in 中国」のような狂乱があった。銀行利息の低さや自由に自分の稼いだお金を海外に持ち出せないいために、その回避策を見つけようとするのはある意味自然だろう。もちろん、表沙汰にしたくない収入をロンダリングする動きもないとは言えないが、本当にそんな裏金を持っている人たちは同じように裏の手段も持っている。彼らが賢ければ、銀行口座や基金管理ファイルを通じて記録が残り、足がつくような余額宝には投じないはずだ。

 3月になって、1年に1度の二大政治会議が開かれた際、そこに出席する中国人民銀行(中央銀行)トップや財政部関係者がわっとメディアに取り巻かれ、「余額宝を取り締まるのか」という質問が投げかけられた。これまで彼らが管轄していなかったネット商取引企業が金融財テク商品(アリババの余額宝やテンセントの理財通)を取り扱い始め、ネット上だけではなくタクシーや商店などのオフラインの環境でも2次元コード(QRコードなど)を使った、日本風に言えば「おサイフケータイ」サービス(アリババのアリペイやテンセントの微信支付)を始めてしまっている。その規模はまだ銀行業界の持つ貯蓄高の1%にも満たないが、あまりの注目度と勢いにこれまでそれらを一手に引き受けていた銀行業界は脅威を感じていた。

 だが、メディアにマイクをつきつけられた中央銀行トップ及び政府の金融管理者たちは口をそろえて、「イノベーティブな動きは歓迎すべきだ。問題はあるかもしれないが、現代的なインターネット、そしてそれに支えられた金融がまた新たな動きを生み、新しい利潤モデルが生まれるはず。管理は必要だが、取り締まることはしない」と語り、銀行業界を愕然とさせた。さらに李克強・国務院総理もその施政報告で「インターネット金融の健康的な発展を促進していく」ことを明らかにしている。

 これらの「お墨付き」に気を良くしたかのように、その直後にテンセントとアリババがそれぞれ中国銀行ランク11位の中信銀行と組んで、オンライン支払いサービスを使ったバーチャルクレジットカードを発行することを発表した。そのうちアリババが発行するクレジットカードは、中国のネット支払い額の約3分の1を占めるアリペイが持つ膨大な取引記録を参考に、そのユーザーからのオンライン申請を即時に認可するという触れ込みだった。それを聞いた時、これぞ中国最大のネット商取引のドンだ!とその規模の大きさにわたしも驚いた。

 だが、一部のメディアからすぐに出た「アリペイが持つ個人データをどこまで銀行側と共有するのか」という質問に対して、アリペイ側は口を濁したという。しかし、このバーチャルクレジットカード発行発表の日に銀行業監督管理委員会が発表した今後推進予定の民営銀行試行プロジェクトのリストにもアリババとテンセントの名前が上がっており、今後アリババとテンセントは民営銀行運営に向けても歩を進めていくのは明らかとなった。

 こうしてネット業界、特にネット商取引で大きくなった企業が、次は金融というこれまで国家体制に守られていた業界ブロックに国のお墨付きで堂々とツバをつけた。これからどうなっていくんだろう――と誰しもが完全にアリババとテンセント、そしてそれを利用するユーザーたちの思惑通りになっていくかのように、次なる展開にワクワクしていたところにガツンと手痛い反撃が来た。

 中央銀行が、バーチャルクレジットカード発行発表から2日後(3月14日)に緊急通達を出して、同業務の展開に待ったをかけたのである。理由は「クレジットカード発行などに対して規定されている、管理当局への30日前申請が行われていなかったこと」だという。さらにその通達では、アリペイなどの中国版「おサイフケータイ」がタクシーや商店などでの支払いに使用している2次元コード(QRコードなど)の利用もストップするように命じていた。2次元コード支払いとは、ユーザーが自分の携帯アプリ(アリペイや微信支付)を開き、そこにあるコードを商店備え付けの専用機器(POS機)でスキャンさせて支払いをするシステムだが、その安全性が確認できない、という理由だった。

 クレジットカードの方は中央銀行関係者がその後、とにかく申請手続きをとることを強調したことにより、今後認可される可能性があると見られているが、2次元コード支払いのストップは急速に店頭やその他のサービスで利用が伸びていることを考えると非常に頭が痛い問題である。

 経済誌『新世紀』によると、銀行ATMカード全てに搭載されているサービス「銀聯」は中国最大のデビットカード&支払いサービスだが、そのサイフケータイ用端末機(こちらは2次元コードではなく、近距離通信システムNFCを利用)は2年かけてやっと100万台が普及したところだが、アリババとテンセントが提供する2次元コード支払い末端機はわずか半年で100万台を超える勢いで伸びているという。

 つまり、これまで長い間銀行カード組合「銀聯」サービスですらその握っていた圧倒的な支払い市場シェアに加えてスマホ携帯を使った支払いに対応しつつあるのだが、そこにアリババ、テンセントがぐいぐいと食い込んできているのが分かる。

プロフィール

ふるまい よしこ

フリーランスライター。北九州大学(現北九州市立大学)外国語学部中国学科卒。1987年から香港中文大学で広東語を学んだ後、雑誌編集者を経てライターに。現在は北京を中心に、主に文化、芸術、庶民生活、日常のニュース、インターネット事情などから、日本メディアが伝えない中国社会事情をリポート、解説している。著書に『香港玉手箱』(石風社)、『中国新声代』(集広舎)。
個人サイト:http://wanzee.seesaa.net
ツイッター:@furumai_yoshiko

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