コラム

李小牧チャンネルが日本を「丸裸」にする

2012年02月14日(火)14時20分

今週のコラムニスト:李小牧

〔2月8日合併号掲載〕

 00年に放送された『小さな留学生』というテレビドキュメンタリーを覚えているだろうか。日本で働く父と暮らすため北京からやって来た9歳の中国人の女の子が、言葉と国の壁を乗り越えてたくましく成長する姿を描いたものだ。この作品を含む在日中国人留学生の奮闘ぶりをテーマにしたドキュメンタリー集『我們的留学生活(我々の留学生活)』は当時、日中両国で大きな感動を呼んだ。

 放送されなかったが、私もこのドキュメンタリーの密着取材を受けた。撮影した中国人の張麗玲(チャン・リーリン)プロデューサーは現在、中国の国営放送CCTV(中国中央電視台)の番組を日本で放送する日本企業、大富の社長を務めている。同社のチャンネル「CCTV大富」が1月下旬から日本語と中国語の2カ国語同時放送を始めるということで、先日その記者会見に参加した。

 ニュースは日本語同時通訳で、ドラマや情報番組には字幕を使ってすべての番組を日中2カ国語で同時放送する、というかなり意欲的な試みだ。ただ残念ながら、日本メディアや日本人の間ではあまり話題になっていない。中国政府が主導する文化輸出への警戒感もあるだろうが、何よりその原因はCCTVの作る番組が堅苦しくて魅力に欠けることにある。

 実は今度、人民日報系タブロイド紙環球時報のウェブ版で「李小牧チャンネル」を始めることになった。私とスタッフがカメラ片手にリアルな日本人とその暮らしを取材するインターネット番組だ。

 この番組はありきたりで表面的な日本や日本人は紹介しない。右翼やヤクザ、風俗嬢は当然取材する。エンターテインメント性も追求するので、温泉を紹介するときはちゃんと専門の女優を雇い、ぎりぎりまで露出して入浴してもらう。

 番組は中国最大のサイト騰訊(トンシュン)に配信され、中国全土で見られることになる。中国側から持ち掛けられた企画だが、裏を返せば中国人はそれほど日本人とその生活に関するリアルな情報に飢えている、ということだ。

■「日本を憎む中国人」も変化

 私は中国のマイクロブログ新浪微博(シンランウェイボー)を使い、政治から歌舞伎町の暴力沙汰まで日本のニュースを積極的に紹介しているが、最近わが4歳の息子が新浪微博で始めたアカウント「一龍在日本(イーロンツァイリーベン)」が中国人の間で人気になっている。

 もちろん本人が書いているわけではなく、母親が4歳の男の子になりきって書き込んでいるのだが、保育園に通う子供の暮らしぶりや教育の様子に中国人は興味津々だ。例えば、湯船にお湯を張ってお風呂に入るということも中国ではとても珍しいから、その写真を添付して書き込みすると大いに受ける。

 広東省のリベラルな日刊紙、南方都市報に私が昨年から連載しているコラム「歌舞伎町大学」も、歌舞伎町の生々しい実態や日本人の本音を紹介することで人気を集めている。中国のネット右翼「噴青(フェンチン)」の日本に対する誤解を解く本を執筆する企画も、中国で進んでいる。

 抗日戦争映画を見て、愛国主義教育を受けた中国人の多くが今も自分たちを憎んでいる、と日本人は思っているかもしれない。だが中国人の日本人観は少しずつ変化している。歌舞伎町案内人を通じて日本人のリアルな姿や本音を知りたがったり、日本についての「常識」を覆す本の企画が進むのはその証拠だ。

 CCTV大富の視聴者は在日中国人が多く、日本人視聴者はビジネスマンや研究者などの「中国通」に限られている。しかし『小さな留学生』のヒットが示すとおり、日本人も中国人のリアルに飢えている。CCTVが日本の視聴者を増やしたいなら、恐れずに「裸の中国人」を紹介することだ。

 分からなければ、いつでも歌舞伎町案内人に聞いてほしい。「裸」については誰より詳しいつもりだ(笑)。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

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