コラム

美しき春の終わりを告げる5月病の不思議

2014年05月25日(日)10時50分

今週のコラムニスト:マイケル・プロンコ

〔5月20日号掲載〕

 3月末、東京の街は桜と共に「開花」の時を迎える。柔らかな雨が澄んだ春の薫りを運んでくるこの時期からゴールデンウイークまでは、東京が最も輝く季節だ。彩り豊かな木々や草花のように、東京人たちにも活力がみなぎる。

 東京人たちは買ったばかりの洋服やバッグやスマートフォンで身を固め、新しい髪形でさっそうと歩いてゆく。その未来は明るく、街は新鮮なエネルギーに満ちあふれ、空気中には花粉と楽観的な気分が漂う。東京の春は暖かくて明るい2度目の正月なのだ。

 母親は子供を送った後、ママ友たちと噂話に花を咲かせる。会社員はダウンロードしたばかりのアプリやゲームを熱心に操作するのに余念がない。大学の新入生たちは道端で輪になり、人生初の「二次会」をどこで開くか相談する。

 だが、それも咲き誇っていた花がしおれる5月中旬までの話。桜の花と一緒に人々の快活さも萎えてしまうのだ。詩人のT・S・エリオットは「4月は最も残酷な月」と言ったが、東京にとっては5月が残酷極まりない月のようだ。春の美しさを破って、倦怠感と不安が頭をもたげる。

 希望いっぱいのエネルギーが、5月病の重みに押しつぶされてしまうさまは驚きであり、悲しくもある。ゴールデンウイークが終わると、人々は忘れていた責任や心配事、日々の不満をまとめて思い出す。5月病とは、春の酔いからさめた後に訪れる二日酔いなのかもしれない。

 5月病は強力だ。私の大学の学生たちは新学期の初めの4週間は注意深く、学業にも熱心に取り組むが、その後は突如として「病」に侵される。課題や授業、プレゼンが控えるこの先の学期を乗り切れるのか不安に襲われてしまうようだ。

■GWに遊び過ぎた罪を抱えて

 だが私は以前から、5月病というものに不思議な気持ちを抱いてきた。1月の正月の後、2月病がやって来るという話は聞いたことがないからだ。日本には1月1日と4月1日という2つの「新年」があるが、そこには大きな違いがある。

 本来の新年である1月1日はどこか暗く、心も体も引きこもりがち。古い神社を訪れ、親戚を訪ね、それまでの1年を振り返り、過去に思いをはせることが多い。どこか哀愁が漂う、日本文化の内省的な面が表れている。

 4月1日は逆だ。前向きで活気にあふれ、楽観的で社交的で、何かいいことが起こりそうな期待を胸に今を楽しむ季節だ。暖かくて穏やかな天気が、東京人たちを精神的な冬眠から目覚めさせる。

 2月病がないのは、1月が既に陰鬱だからかもしれない。外は寒く、日没は早く、すべてが停滞しているように感じてしまう。一方で4月の高揚感は東京人たちを太陽の下に連れ出す。彼らの社交的な面が一気に姿を現すのだ。

 しかし4月の熱狂が消える5月半ばになると、再び現実が襲ってくる。ディズニーランドから帰る電車内のように、現実とは常に陰鬱なもの。4月から5月上旬までしっかり遊んだ罪と共に、日常のシリアスな部分が帰ってくる。

 1月の新年と4月の新年の違いは、日本文化における伝統性と現代性の違いでもある。1月の暗くて内省的な姿と、4月の意欲的でよく働く社交的な姿のどちらが本当の日本人なのだろう。

 おそらくこれは、人生におけるだいたいの問題と同じく、スケジューリングが原因だ。3月の終わりから5月の初めにかけては、楽しみや美しさやくつろぎがあまりに多過ぎるのかもしれない。

 1年の中での楽しさをもっと分散できれば、たぶん5月病はなくなる。1月に雪見パーティーを開き、2月に「コッパー(銅)ウイーク」を作ればいい。1年の楽しみがいろいろな季節に分散していれば、東京人はいつでも人生を明るく過ごすことができ、「病」に負けない強さを手に入れるようになるだろう。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株安は長期投資家に買い場提供、企業収益堅調で=

ワールド

ペルー大統領選、開票作業続く フジモリ氏首位・2位

ワールド

米がホルムズ海峡封鎖開始、イランは報復示唆 協議で

ワールド

ウクライナ、中東紛争でインフレ加速へ 目標達成へあ
MAGAZINE
特集:台湾有事の新シナリオ
特集:台湾有事の新シナリオ
2026年4月21日号(4/14発売)

地域紛争の「大前提」を変えた米・イラン戦争が台湾侵攻の展開に及ぼす影響をシミュレーション

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本は「イノベーションのやり方」を忘れた...ホンダ「EV撤退」が示す、日本が失った力の正体
  • 2
    「いい加減にして...」ケンダル・ジェンナーの「目のやり場に困る」姿にネット騒然
  • 3
    停戦合意後もレバノン猛攻を続けるイスラエル、「国防軍は崩壊寸前」
  • 4
    【銘柄】イラン情勢で「任天堂」が急落 不確実な相…
  • 5
    トランプがまた暴走?「イラン海上封鎖」の勝算
  • 6
    目のやり場に困る...元アイスホッケー女性選手の「密…
  • 7
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文…
  • 8
    「仕事ができる人」になる、ただ1つの条件...「頑張…
  • 9
    「違法レベル...」ゼンデイヤの「完全に透けて見える…
  • 10
    BTS再始動、3年9カ月の沈黙を経て──変わる音楽市場で…
  • 1
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文章」...歴史を塗り替えかねない、その内容とは?
  • 2
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収される...潜水艦の重要ルートで一体何をしていた?
  • 3
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 4
    韓国、生理用品無償支給を7月から開始 靴の中敷きで…
  • 5
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライ…
  • 6
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命…
  • 7
    停戦合意後もレバノン猛攻を続けるイスラエル、「国…
  • 8
    撃墜された米国機から財布やID回収か、イラン側が拡…
  • 9
    ポケモンで遊ぶと脳に「専用の領域」ができる? ポ…
  • 10
    中国がイラン戦争一時停戦の裏で大笑い...一時停戦に…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 3
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 4
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文…
  • 5
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 6
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収され…
  • 7
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 8
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 9
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
  • 10
    第6回大会を終えて曲がり角に来たWBC
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story