コラム

教師は自分の子供の入学式を優先すべきだ

2014年06月03日(火)09時56分

今週のコラムニスト:スティーブン・ウォルシュ

[5月27日号掲載]

 私は4人の子供を地元の公立学校に通わせている。だから学校教育に関する議員や教育委員らの意見が気になるのは父親として当然のことだ。

 私が住む県で最近、新1年生を担任する高校教師が入学式を欠席し、自分の子供の入学式に出席するという出来事があった。この選択に対する県議や教育委員会の反応に、私は違和感を覚えた。

 教師が欠席した入学式に来賓として来ていた県議は、「担任の自覚」や「教師の倫理観」を問題にした。教育委員会の担当者は「教員としての優先順位を考え行動する」ように求めた。

 近所に住むフランス人の友人は子持ちではないが、この反応にひどく失望していた。日本の出生率が低いのも当然だ、と彼は怒って言った。「職務は家族より大事というのが行政の公的立場なら、子供を持つ親が増えるわけがない」

 日本人の倫理観の根底にあるのは、義務や役割を果たすことを強調する儒教の伝統だ。平穏で安全で秩序正しく、効率がいい日本社会に、外国人は目を見張る。あらゆる職業の日本人が示す自己犠牲や勤勉さ、献身には畏敬の念を抱く。このように義務や職責を重視する倫理観には多くの利点がある。

 それなら欧米人はなぜ、義務感に基づいて行動を決めることがずっと少ないのか。その理由は「義務」の概念が絶対視され、他のあらゆる行動原理より優先されると問題が起きるからだ。

 私の友人のようにサルトルなどの実存主義に強い影響を受けたヨーロッパ人は、役割や職責や義務が人間を定義付けるとは考えない。人間は完全な選択の自由を与えられ、その選択に伴う最終的な責任を負うと考えるのだ。

 ややインテリくさい、いかにもフランス的な理屈に聞こえるかもしれないが、これはホロコーストという悲痛な歴史的経験に裏打ちされた価値観だ。ユダヤ人を絶滅収容所に送り込んだドイツ軍兵士の多くは、自分の行為を「職務を果たそうとしただけ」と説明していたからだ。

■愛に基づく選択が与える影響

 皮肉なことに、欧米人に特有のこの価値観は、日本人外交官の杉原千畝が日本国外で最も敬愛される日本人の1人になった理由でもある。ナチスによるユダヤ人迫害が進むなか、杉原は日本の領事代理としてユダヤ人にビザを発行し、多くの人命を救った。彼は職務規定を破り、義務より愛を優先させた。自分の行動を職務ではなく、人間としての選択に基づいて決めたのだ。

 もちろん、仕事を休んでわが子の入学式に出席するという教師の選択は、人間の生死に関わる困難で英雄的な選択とは次元がまったく違う。それでも、この教師の行動は愛する者たちに影響を与えるだろう。わが子と、自分が担任する生徒たちの両方に。

 生徒たちは、この教師が自分の親と同様にわが子を愛し、自分の親と同様にわが子を支え続ける決意であることを知るだろう。教師は1人の人間であり、単なる職業ではないことも学ぶはずだ。私はこういう教師、愛がすべてに優先することを身をもって示せる人にわが子を教えてほしいと思う。

 うちの子たちは新学年が始まる前から新しい担任に興味津々で、学校から帰ってくるとその教師の子供やペット、友達、趣味などについて猛然としゃべりまくった。教師が同年代の子供を持ち、自分の親と同じことをやり、同じ問題を抱え、同じ冗談を言うと、特に大喜びした。

 あと数年すれば、うちの子たちも高校進学を考え始める。周囲からどう言われようと、教師がわが子と生徒たちの両方にとって最善と考える行動を取り、校長もそれを支持する──私は間違いなくそんな学校を子供たちに勧めるだろう。愛するわが子のために最善を尽くすのが親の義務だからだ。

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