コラム

東京の伝統美を「破壊者」から守れ

2014年07月15日(火)12時47分

今週のコラムニスト:レジス・アルノー
〔7月1日号掲載〕

 ホテルオークラは最先端のホテルではない。「古風」と言ってもいい。最新のiPhoneを発表する舞台に、このホテルが選ばれることはまずない。

 だがホテルオークラは東京にとって、間違いなく掛け替えのない重要な資産だ。赤坂の草月会館のホールと同じく、ホテルオークラのロビーは戦後の日本の卓越した力強さを見事に映し出している。

 現代アートの祭典「ニュイ・ブランシュ」の発案者でパリ市長助役文化担当のクリストフ・ジラールは言う。「日本で泊まるのはいつもオークラだ。もしホテルがロビーを少しでもいじったら、もう二度と泊まらない」。ジャック・シラク元仏大統領も、フランス大使館ではなくオークラを定宿にしていた。

 そんなオークラが5月、本館の建て替えを発表した。プレスリリースには「オークラ建築の基本である『日本の伝統美』を継承しつつ、設備面においては最新の機能を装備いたします。(中略)日本および世界のお客様の多様なニーズにお応えしていく予定です」とある。

 この言葉を信じていいものか。オークラの大株主は建築関係の企業だ。大成建設、三菱地所、新日鐵住金、鹿島、森トラスト......。スカイツリーや六本木ヒルズ、開業したばかりの虎ノ門ヒルズや建て替えが予定される新国立競技場などに携わってきた「破壊者」たちが、オークラの建て替えに関わることになる。

 建築が始まれば、彼らは自ら株を所有する系列会社にコンクリートを売ることができる。まったく商売上手な話だ。オークラが発表したイメージ図を見ると、新しいビルはまるで平壌か香港にでも建っていそうな味気ないものになるようだ。

■建物「保護」の名を借りた暴力

 東京には長年にわたる「リノベーション」の名を借りた「文化・芸術の破壊」の歴史がある。フランク・ロイド・ライトがデザインした帝国ホテルは関東大震災でも倒れなかったが、日本の建築業界に倒されて60年代に建て替えられた。最近では東京ステーションホテルが改装された。改装前の面影はほとんどなく、東京ディズニーランド駅とでも呼びたくなるような、作りものっぽさばかりが目立つ姿になってしまった。これらは建物の「保護」という名を借りた、日本文化に対する暴力ではないか。

 オークラも既に、開業時からの魅力を自ら破壊してきた。「オークラのプレジデンシャルスイートは本当に素晴らしかった」とインテリア雑誌ウォールペーパーの記者だったフィオナ・ウィルソンは振り返るが、そうした客室も次々とリノベーション、つまり破壊された。

 京都工芸繊維大学教授で近代建築史の専門家である松隈洋は「建て替えのニュースはショックだった」と言う。「メインロビーに配置された障子やなまこ壁のモチーフなど、デザインには日本の伝統的なエッセンスが組み込まれていた。手作りと職人技がつくり上げる洗練されたデザインが隅々まで行き届いていた」

 松隈は、ホテルオークラ東京を「間違いなく最高の近代建築であり、それまで日本が持ち得なかったホテル建築の最高傑作。二度と再現できない歴史的な資産」と評価する。個性のない建物を量産する現在の建築業界が造り上げる新たなホテルオークラは、日本の「退化」を世界に見せ付けてしまわないだろうか。

 写真家の杉本博司は06年のエッセーで、周囲の人たちみんなにオークラに泊まるよう勧めていると書いた。そんな彼は96年、ロビーの改装計画を伝える新聞記事を読んで激怒したという。そこで彼は外国人の知り合い全員に、チェックインするときにカウンターで改装計画への苦言を呈するよう頼んだという。そのかいあってか、06年までには改装計画に関する話は聞かないようになった。

 そこで今度は私から杉本氏にお願いしたい。今こそ再び戦うべきときだ。


外国人リレーコラム「Tokyo Eye」は今回で終了します。
長い間ご愛読ありがとうございました。(編集部)

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日経平均は小幅続伸、半導体関連小じっかり 積極売買

ワールド

韓国国民年金、新たなドル調達手段を検討 ドル建て債

ワールド

アサド政権崩壊1年、行方不明者の調査進まず 家族の

ビジネス

豪中銀が金利据え置き、利上げリスクに言及 緩和サイ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...かつて偶然、撮影されていた「緊張の瞬間」
  • 4
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 5
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 6
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 7
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 8
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 9
    中国の著名エコノミストが警告、過度の景気刺激が「…
  • 10
    「1匹いたら数千匹近くに...」飲もうとしたコップの…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story