コラム

ものづくり信仰が日本企業をダメにする

2014年05月20日(火)15時36分

今週のコラムニスト:レジス・アルノー
〔4月29日/5月6日号掲載〕

 ものづくり。日本でこの言葉を聞かない日はない。テレビでも新聞でもラジオでも、日本人は何かを職人芸的につくり上げる自分たちの能力を自賛する。

 当然かもしれない。弁当箱から名刺入れ、半導体に自動車まで、日本人は優れたものを異常に低い欠陥率で大量生産する驚くべき能力があるようだ(何百人もの踊り手が一糸乱れずに踊る阿波踊りは、その能力の文化面での表れだ)。

 こうした日本の工業製品の長所は世界中で認められていて、日本ブランドの信頼性を高めている。特に安全性が重視される製品(自動車や、もしかすると次世代の発電所や飛行機)ではそうだろう。

「中国では日本製エレベーターがよく使われている。中国人は日本製品を信頼していて、日本のエレベーターなら命を預けていいと思っている」と、香港の投資会社CLSAのアナリスト、クリスチャン・ディンウディーは言う。「上海の高層ビルで中国製のエレベーターに乗るなんて、私はごめんだね!」

 だが、日本人のものづくり信仰は度が過ぎている。おかげで多くの会社でエンジニアが絶大な発言力を持ち、マーケティングやデザイン部門は彼らの言いなりだ。だから消費者のためというより、エンジニアが自己満足に浸るためだけの機能が付いている製品も多い。

 わが家で使っている日本メーカー製の掃除機は、吸引力を3段階に調節できる。だが、なぜ床を掃除するのに吸引力を変える必要があるのか。わが家の台所の壁には、ワンタッチで風呂の用意ができるボタンがある。そんなボタンがそんな場所に必要だろうか。

■根本的な問題が見えない企業

 日本人はものづくりに注目するあまり、工業品の別の側面、つまりデザインとマーケティングをないがしろにしている。

 ある外国人のマーケティング専門家と原宿のカフェでお茶をしたときのこと。テラス席で道行く人や車を眺めながら、彼は嘆かわしそうに言った。「見てごらんよ! 青山や広尾に住む金持ちの日本人はみんな外国車に乗っている。ボルボ、BMW、メルセデスベンツ・・・・・・。クールな日本車はどこに行ったんだ」

「日本で自動車の売り上げが落ちているのは、若者の数が減っているからだとか、若者が自動車に興味がないからだとか言われるが、つまらない車しかないせいでもある。iPhoneが売れるのは、みんなに必要だからではなくて、みんなが欲しいと思うからだ。私は車が必要だが、日本車が欲しいとは思わない」

 日本企業はマーケティングがとても下手で、日本のブランド(ユニクロを除く)は世界の舞台で苦戦している。だから、偉大な日本製品が外国ではあまり売れない。今や世界的な電機メーカーの代名詞となった韓国のサムスン電子が、ものづくりではなくマーケティングに全精力を傾けてきたのとは対照的だ。

 さらに悪いことに、ものづくりにおける日本の優位は小さくなっている。最近の韓国車は日本車と比べて昔ほど見劣りしなくなっている。

 日本の自動車メーカーが今までどおりのやり方を続け、マーケティングとデザインの重要性に気付かなければ、いつか電機メーカーのように世界での存在感が脅かされるだろう。

 長年日本に住む外資系企業のCEOは、この根本的な問題が見えない日本企業について、「残念ながら、彼らはあまりに大きな問題を抱えているため、問題が存在することにさえ気付いていない」と指摘する。

「私は大学のマーケティングの授業で、売るのが最も難しい商品の1つはデオドラントだと習った。悪臭を放つ人間は、自分が臭いことに気が付かないからだ。日本企業は、デオドラントが必要なのに、それに気付かない男のようだ」

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

英、中東に戦闘機を移動 地域の安全保障支援へ=スタ

ワールド

イスラエル、イランガス田にも攻撃 応酬続く 米・イ

ワールド

米首都で34年ぶり軍事パレード、トランプ氏誕生日 

ワールド

米ミネソタで州議員が銃撃受け死亡、容疑者逃走中 知
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 2
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 3
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生きる力」が生んだ「現代医学の奇跡」とは?
  • 4
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 5
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 6
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 7
    逃げて!背後に写り込む「捕食者の目」...可愛いウサ…
  • 8
    「結婚は人生の終着点」...欧米にも広がる非婚化の波…
  • 9
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 10
    メーガン妃の「下品なダンス」炎上で「王室イメージ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 7
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、…
  • 8
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 9
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 10
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story