コラム

「非政治的」だった私と日中関係を変えた10年

2014年06月20日(金)10時00分

今週のコラムニスト:李小牧

〔6月10日号掲載〕

 今から10年前、歌舞伎町にはまだ、44人が死んだビル火災やヤクザと中国人マフィアの抗争事件の危ないにおいが漂っていた。そんな日本で一番危険な街にニューズウィーク日本版の編集者が私を訪ねて来たのは、忘れもしない04年の3月。中国マフィアの黒幕を直撃──しに来たわけではなく、国際ニュース週刊誌である同誌にコラムを書いてほしいという。

 当時の私はデビュー作『歌舞伎町案内人』で売り出したばかり。コラム執筆の依頼は悪い冗談だとしか思えなかった。大学で政治や経済を学んだ「知識分子」でなく、歌舞伎町案内人という一見、得体の知れない仕事をする私に、世界情勢の何を語れというのだろう。28歳まで暮らした母国・中国のことは詳しい。ただ歌舞伎町で「専攻」していたのは新宿のヤクザや風俗嬢の情勢だ。

 ボツになるのが不安で、最初は毎回3本のネタを用意して編集者との打ち合わせに臨んだ。どれだけ続くか不安だったが、次第に自分でも不思議なぐらいこの一見カタいニュース週刊誌になじんでいった。もちろん「世界のニューズウィーク」が歌舞伎町案内人に歩み寄ったわけではない。私が変わったのだ。

 いくら私が歌舞伎町のガイドだからといって、最新風俗事情やヤクザの抗争ばかり書くわけにはいかない。コラムが始まった当時の日本の首相は、あの小泉純一郎氏。日本と中国の間でもめ事が増え、「非政治的」だった私も自然と両国の外交や政治・経済、そして世界情勢に関心を持つようになった。コラム執筆を通じて実に多くのことを学び、次第に月に1度の執筆が待ち切れなくなった。

 実際の政治に影響を与えたこともある。安倍晋三首相が最初の任期中に掲げたスローガン「美しい国」を逆から読むと「憎いし苦痛」と皮肉ったときには、野党議員が国会の論戦で取り上げてくれた。

 中国と日本の関係は、この10年間に予想を超えて大きく変化した。靖国問題が日中関係における最大の「震源地」になるとはコラムで指摘したが、東シナ海のちっぽけな島をめぐって両国の関係がこれほど緊張するとは思っていなかった。

 より大きく変わったのは中国だ。北京オリンピックは成功させたものの、環境汚染や政治腐敗といった矛盾が今もあちこちから噴出している。毒ギョーザ事件が日本を揺るがせたが、食の安全問題に一番苦しんでいるのは当の中国人たちだ。その背景には「何でもカネ」の拝金主義の深刻な横行がある。

■自由なメディアが中国を変える

 とはいえ、いい兆しもある。や微信(WeChat)などソーシャルメディアの発達だ。「大字報(壁新聞)」や「小道消息(口コミ)」しか自分たちのメディアがなかった中国人にとって、4000年の歴史で初めて自分たちのメディアを手にしたのは大前進だ。私も15万人弱の微博フォロワーに向けて毎日、さまざまな日本のいいところを発信している。日本のきれいな空気や民主主義を中国人は心底羨ましいと思っている。共産党がいくら締め付けを強めようと、自由なメディアは少しずつ中国を変えていく。

 89年に天安門事件が起きたとき、私は中国の政治にも民主化にもまったく関心がなかった。07年にオープンしたわが「湖南菜館」は今や東京に来た中国人旅行者の多くが訪れたがる人気スポットだが、店には民主活動家も共産党の官僚もやって来る。こういった人たちとの交流が増えたのは、コラムを通じて政治に関心を持つようになったから。彼らが激辛の湖南料理を食べながら激論する様子は、さながら「民主化サロン」のようだ。

 眠らない街、歌舞伎町の眠らない男、李小牧は変わり続ける。「ニューズウィーク大学」で学んだことを糧に、「性界から政界」に飛躍する日も遠くないと、取りあえず断言しておこう(笑)。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

25・26年度の成長率見通し下方修正、通商政策の不

ビジネス

午前のドルは143円半ばに上昇、日銀が金融政策の現

ワールド

米地裁、法廷侮辱罪でアップルの捜査要請 決済巡る命

ビジネス

三井物産、26年3月期は14%減益見込む 市場予想
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 2
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 3
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    中居正広事件は「ポジティブ」な空気が生んだ...誰も…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story