コラム

セックス・アンド・スキャンダル

2013年06月21日(金)15時49分

 先週末、オーストラリア出身のメディア王、ルパート・マードック氏(82)とウェンディ・タン夫人(44)の離婚が発表されると、中国のネットはしばらくその話で持ちきりになった。週末に一緒に食事した20代の若き友人も「今週のキーパーソンはやっぱり鄧文迪でしょ」と、ウェンディ夫人の中国語名を持ちだして言った。

 ウェンディ夫人は中国山東省生まれの中華系だから、中国人が関心を持つのもわからないでもないが、それでも日頃はほぼ話題にする人もいないこの2人の離婚話がどうしてここまで中国人を浮き立たせるのかよく分からない。世界最大のメディアグループといわれる「ニューズ・コーポレーション」を率いるマードック氏が中華系女性を娶った、ということ自体が「チャイニーズ・ドリーム」なのかもしれないが。

 ウェンディ夫人の存在はマードック氏の積極的な中国進出、投資に結びついたという説もある(そしてわたしもある時期までそれを信じていた)が、2人が出会ったのは1997年香港だそうなので、これは眉唾というか後付けっぽい。マードック氏はすでに90年代初めから香港で衛星テレビ放送を立ち上げ、虎視眈々と中国市場を狙っていたのだから。だが、マードック氏は同テレビ局を売却して撤退。その後確かに中国国内で一部メディアとビジネス協力を結んでいるが、中国国内に進出している海外メディアの一つでしかない。

 ならばなぜ中国人ネットユーザーがここまで2人の離婚話題にするのか。というか、「話題にしている」と言っても、2人の馴れ初めを掘り起こしたり、過去2人で出席した場での写真を転送したり、離婚にまつわる報道をシェアしたりという程度なのだが、それでも誰もが触れずにおけないようなのだ――そこからは、世界でも指折りの大金持ちと結婚した中国人出身女性、そして今年82歳と44歳(結婚当初は66歳と28歳)という歳の差に対する好奇の目が伝わってくる。

 まぁ、どこの国でも庶民の「セレブ」に対する関心は、結局そこのへんに行き着くものなのだろう。

 そういえば、一応「社会主義国」の中国の場合、「セレブ」がいるのか。もちろん、ご存知のように「お金持ち」はたくさんいるけれど、だいたい「セレブ」という言葉自体が強烈な「帝国主義」(社会主義の敵!)の流れを組んでいるわけで、さすがにどこかタブーだ。言ってみれば「太子党」などが中国的セレブなのかもしれないが、あれこれ海外から言葉や概念を輸入して楽しんでいる中国ネットユーザーたちもさすがに「セレブ」という言葉を彼らにあてたことはない(太子党のご本人たちはそう自認しているフシがあるが)。

 だが、中国人も自然に持つゴシップへの欲求を満足させてくれるのが......官吏である。

 折しも前掲のマードック夫妻の離婚劇とほぼ同時に、ネット上で中年のもっさりしたおじさんと裸で抱き合っている美女が自分で撮った携帯写真、そしてその男性が中国共産党で共産党傘下機関の総取りまとめをする中央弁公庁の副主任という立場にある人物だという情報が一緒に流れて、多くの人たちの目を惹きつけた。

 この副主任氏は4年前、大学を出てテレビ局にアナウンサーとして働き始めたばかりのこの美女と結婚を前提として付き合いを始め、実際にマンションも買って一緒に暮らしていたという。それが昨年末、「10年以上も昔に離婚した」はずの妻とまだ離婚手続きが終わっていなかったことが明らかになった。さらに今年になって副主任氏が美女との関係を一方的に精算したことに怒り、写真付きの実名で告発したのである。

 写真は、2人でバブルバスに入っているところや、ホテルの浴室のような所で裸で抱き合っているところ、さらにはリゾート先のプール脇でいちゃついているところ......と盛りだくさん。それらの写真が隠し撮りではなく、かなりの枚数で副主任氏はカメラに美女とともに顔を向けてきちんと収まっている。そんな副主任氏の姿を見て、美女は2人の関係を「隠さなければならない関係」だとは思っていなかったらしい。

 とにかくなかなか想像力を掻き立てる写真の数々と、党中央部の要職という副主任氏の立場がネットユーザーに大受けし、その後「毎日お財布には1万元(約15万円)を入れてくれた」などというまことしやかなお話も流れ続けた。

 副主任氏はあっというまに免職になり、女性が勤めていたとされるテレビ局は「彼女は2012年9月に辞職。それ以前も契約社員であり、正式な職員であったことはない」と声明を発表し、ある意味お決まりの「セックス・アンド・スキャンダル」になりかけた。

 だが、もっと人々の度肝を抜いたのは、美女による「告発文」である。写真の生々しさが先行したため、写真とおおまかな「セックス・アンド・スキャンダル」報道の転送でわかったようになった人も多いのだが、実は美女の告発文をよく読むと、彼女は本気でこの16歳年上の、外見上はかなりダサいおじさんを「愛していた」らしい。

 それによると、昨年12月におじさんに別居して10年になる妻がいることがわかった時、「頭のなかで雷が炸裂し、天と地が崩れ落ちるのではないかというくらいショックを受けた」という。「わたしは真摯にお付き合いしてきたのに、いつのまにか『お妾』になっていた......冗談で『まさか、愛人ってことはないわよね』と尋ねたら、『まさか!』と言っていたのに...」と、彼女は16歳差を意識しつつも本気で信じていた様子を繰り返している。

 だが、この副主任氏はかなりのタヌキだったようだ。別居中の妻のことをなじる彼女に泣きながら「すぐに離婚するから」と言い(まぁ、このへんはよくあることですが)、自殺するのではないかと逆に美女を心配させておきながら、その1週間後に「やっぱり結婚は出来ない。汚職の嫌疑をかけられて調査が入ったから」と泣きを入れてきたという。だが、それも嘘だったことがその後分かり、彼女は今度は副主任氏の上司に相談に行ったという。

 そこで「別居は本当の話だ。わたしから話をしてあげよう」と言われた彼女はその言葉を信じたが、「妻が離婚に応じない。狂ったようになってしまった。とにかく彼女がやけにならないように、落ち着けることが先だ」という副主任氏の言葉を信じて、まず副主任氏が父母の家に戻って暮らすことを受け入れたが......それも真っ赤なウソ。その日から副主任氏は彼女の電話に出なくなったのだそうだ。

 こうして告発状に面々と綴られる、若い女性のこのどうしようもない副主任氏への思いと恨み。その中で彼女は副主任氏の友人たちからの嫌がらせを受けつつ、いつも仕事帰りに待ち合わせしていた場所に3日3晩立ち続け、数十本の携帯メッセージを入れ、副主任氏を待ち続けたと書いている。

......まじめに読んでいると、本当に心が締め付けられるような話ばかりだった。だが、その最後に、「恨みはあるけれど終わりにすることにした。彼らの脅しに対して、わたしはここで心から(これを読むはずの)おじさん、おばさん、お兄さん、お姉さんたちにわたしの証人になってほしい。もし、わたしになにか不測の事態が起きれば、ぜったいに彼らの友人によるものだ」とあった。これが4月の告発だ。

 その後5月25日の日付で新たに、はっきりと副主任氏の所属機関へ写真付きの告発を決意したという。そこからこの「セックス・アンド・スキャンダル」が始まったようだ。我々第三者からすれば、「なぜ彼女はそこまで単純に信じていたのか?」という疑問は消えないが、一方で副主任氏の同僚や上司にも相談できる関係ができていたことを考えれば、彼女が本気になるシチュエーションは十分にあったことも想像できる。

 一方で副主任氏は何を考えていたのか? それは本人が断定され、処分を受けたことがニュースネタになった今に至るも、全く伝わってこない。

 中国ではこのところ、「反腐大業最終要靠二奶」とよく言われている。「汚職取り締まりの大仕事は最終的に愛人(の告発)にかかっている」という意味だ。そういえば、この言葉が流行るきっかけになったのは、昨年末にやはりネットに流れた雷政富という重慶市官吏の「セックスビデオ」事件だった。

 ビデオが撮られたのは5年も前のこと。あるビジネスマンが手配した、当時19歳の女性との行為を隠し撮りされたもので、後でそれを元にゆすられたが、当時重慶市で「強権政治」を敷いていた薄煕来元同市党委員会書記に連なる人たちがもみ消したとされる。昨年末、そのビデオが官吏汚職摘発を謳う民間ウェブサイトに持ち込まれて、同じ手法で同じ女性とベッド・インしていた重慶市官吏10数名が摘発されたのである。

 その雷政富被告の公判がやはり19日に行われたのだが、そこで雷被告が突然、件の女性との関係が「恋愛関係」で「友だちとして」のものであり、当時女性との結婚を考えていたと証言を翻し、ニュースになった。前掲の副主任氏事件がネットを騒がせていた最中だった。

「妾なら汚職取り締まりの対象」だが、恋愛関係ならただの男女関係のもつれに押さえ込める?――もし弁護側が最近の事件からそんなふうに考えて雷被告にそのような提言を行ったとしたら、この国の「セックス・アンド・スキャンダル」はマードック氏離婚騒ぎどころではなく、「事実よりも奇なり」としかいいようがない世界だ。

プロフィール

ふるまい よしこ

フリーランスライター。北九州大学(現北九州市立大学)外国語学部中国学科卒。1987年から香港中文大学で広東語を学んだ後、雑誌編集者を経てライターに。現在は北京を中心に、主に文化、芸術、庶民生活、日常のニュース、インターネット事情などから、日本メディアが伝えない中国社会事情をリポート、解説している。著書に『香港玉手箱』(石風社)、『中国新声代』(集広舎)。
個人サイト:http://wanzee.seesaa.net
ツイッター:@furumai_yoshiko

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

EXCLUSIVE-チャットGPTなどAIモデルで

ビジネス

円安、輸入物価落ち着くとの前提弱める可能性=植田日

ワールド

中国製EVの氾濫阻止へ、欧州委員長が措置必要と表明

ワールド

ジョージア、デモ主催者を非難 「暴力で権力奪取画策
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食...止めようと叫ぶ子どもたち

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    「真の脅威」は中国の大きすぎる「その野心」

  • 5

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    デモを強制排除した米名門コロンビア大学の無分別...…

  • 8

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 9

    イギリスの不法入国者「ルワンダ強制移送計画」に非…

  • 10

    中国軍機がオーストラリア軍ヘリを妨害 豪国防相「…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 8

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 9

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 10

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story