コラム

ユヴァル・ノア・ハラリ×オードリー・タン対談(2/3)──母親より自分のことを知る存在にどう対処すべきか

2020年07月16日(木)14時25分

ハラリ 例えばコカコーラがこの知識を使って、私が必要としていないものを売るために使ったらどうでしょう。セクシーな男たちのコマーシャルを見せられて、なぜか分からないけど、私はその製品を買ってしまう。それはこの知識を悪用していることになります。

しかし、本当に大きな問題は、もしアルゴリズムが悪意を持っていなかったらどうなるかということです。そのアルゴリズムが特定の企業のために働いているのではなく、単純に私の知らない私自身のことを知っている。一種の情報の不均衡です。この結果、何が起こるのでしょう?

つまり、アルゴリズムは、私がゲイであることを教えるべきなのか?それとも私がこのことにゆっくりと気づくように、徐々にいろいろなコンテンツを見せていくべきでしょうか?このアルゴリズムのような存在との適切な関係性とはどのようなものになるのでしょうか?

もう一つ。私たちはこれまでにも、ある意味でこのような存在を持っていました。母や父、教師などです。私の母は、私が14歳の時、私がゲイであることを知らなかったかもしれませんが、私自身気づいていない私自身のことをたくさん知っていました。

しかし、母は私のこと一番に考えた上で、そうした情報を活用してくれました。過去何千年もの間、人類はこうした有益な親子関係を築いてきたのです。

ところが私たちは突然、実際には母よりも遥かに私のことを知っている、全く新しい種類の「存在」を作り出しているわけです。しかもその「存在」であるAIのメンターと私が、どのような関係性になるのか。そのことについては、文化的、歴史的な事象で参考になるものが全くないんです。

私はこの件に関して、ディストピア的、ユートピア的なことを言いたいわけではなく、ただこの新しい技術からどのような関係性が生まれてくるのか、歴史学者として非常に興味深く感じているということです。

タン はい、この点に関しては、実際には2つのポイントがあります。1つは、説明責任の欠如です。コカコーラの例がありました。そしてもう1つは、価値観合わせの問題です。人間の味方であるマシンが、すべてを見通している問題です。

説明責任の問題は比較的簡単です。台湾では、前回の総統選挙で、政府の完全独立機関である「管理院」と呼ばれる部門で、1つの規範を確立しました。独立系ジャーナリストが分析できるように、選挙献金や選挙費用に関する生データを全部公開し、選挙を抜本的に透明化したんです。

政府がこうした方針に舵を切ったのは、私たち市民ハッカー活動家がこれを要請し続けてきたからです。時には政府に不服従の行為さえしてきました 。2018年の市長選挙の時に、私たちが実際に動き始めた時、大事な事が欠けていることに気づきました。選挙に関するソーシャルメディア広告が、選挙運動として一切報告されていなかったんです。ソーシャルメディア選挙広告の多くは出稿者が外国人でした。だれがどの候補の広告にいくら使っているかは、完全なブラックボックスでした。

外国からの資金がいくつかの国の選挙に介入したという報道を目にしたことがあります。ユヴァルが説明してくれたような高度なターゲティング技術を使った外国からの選挙介入です。一人一人の隠れた恐怖や希望が何であるかを、非常に細かな精度で予測し、その恐怖や希望を使って投票に行かないように誘導したり、特定の候補者を避けるように誘導したり、ある種の感情操作をしたりするわけです。

プロフィール

湯川鶴章

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ゼレンスキー氏「米国の和平案推し進める用意」、 欧

ビジネス

米CB消費者信頼感、11月は88.7に低下 雇用や

ワールド

ウクライナ首都に無人機・ミサイル攻撃、7人死亡 エ

ビジネス

米ベスト・バイ、通期予想を上方修正 年末商戦堅調で
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 3
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後悔しない人生後半のマネープラン
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    放置されていた、恐竜の「ゲロ」の化石...そこに眠っ…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    使っていたら変更を! 「使用頻度の高いパスワード」…
  • 10
    トランプの脅威から祖国を守るため、「環境派」の顔…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 8
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story