コラム

中国人に同化されゆく内モンゴルの問題は内政問題にあらず

2020年09月23日(水)14時00分

モンゴル語教育廃止に反対するデモ(ウランバートル市内)RENTSENDORJ BAZARSUKHーREUTERS

<内政干渉するなと強弁する習近平政権だがモンゴル語教育撤廃問題はれっきとした国際問題だ>

国際紛争の中の民族問題は複雑な原因を有し、さまざまな形で発生するが、中国も例外ではない。

ひと昔前の中国の民族問題と言えば、チベットだった。1958年から中国の侵略に抵抗してきた最高指導者のダライ・ラマ14世は、10万人に上る自国民を率いてインドに亡命し、今日に至る。チベット問題は当初から国際問題として注目され、現在も解決の見通しは立っておらず、中印両国は今や亡命政府に近いインド北部のラダック地方で軍事的対峙に入っている。

20200929issue_cover200.jpg

新疆ウイグル自治区も同じだ。中国当局によって100万人単位で強制収容施設に閉じ込められたウイグル人は、イスラムとテュルクという2つのキーワードで国際社会と連動する。彼らはムスリムであると同時に、ユーラシアに分布するテュルク系諸民族の一員だからだ。「ムスリムの同胞が異教徒の中国人に抑圧されている」事実と、「テュルク系ファミリー内の一員が中国政府に弾圧されている現実」に、ユーラシア諸国は注視し続けている。善処しなければ、同胞と兄弟を冷遇したとして、国内政治に跳ね返って来ることを、イスラム諸国は警戒している。

このように、チベット問題もウイグル問題も全て、中国が強弁するような内政問題ではなく、れっきとした国際問題だ。今夏に突如として現れたように見える内モンゴル自治区のモンゴル語教育廃止問題も例外ではない。どうして言語教育が民族問題になるのかというと、言語そのものが民族を構成する一要素だからだ。

民族と言語問題

民族とは何か。研究者だろうが、政治家だろうが、旧ソ連の指導者にして民族問題の卓越した理論家だったジョージア人スターリンによる定義が、最も権威的であると考えている。

「民族とは、言語、地域、経済生活、および文化の共通性のうちにあらわれる心理状態の共通性を基礎として生じたところの、歴史的に構成された、人々の強固な共同体である」(スターリン『マルクス主義と民族問題』)。

モンゴル人が、内モンゴルとモンゴル国の地域的に異なる国家に分断されていても、その国境線はたった約70年前に引かれたものにすぎない。太古の時代から同じ遊牧生活を営み、13世紀にはチンギス・ハンの下で世界帝国を建立したという歴史的記憶と心理を共有する。

シベリアのブリヤート人から西のボルガ川流域のカルムイク人に至るまで、モンゴル語は全民族の成員に通じる。そこへ中国当局が介入してきて、「内モンゴル人の母国語は中国語だ」「母語を捨てて中国語による教育を受けなさい」と命じると、世界各地から反対と非難の声が上がったのである。

プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ECB、6月以降の数回利下げ予想は妥当=エストニア

ワールド

男が焼身自殺か、トランプ氏公判のNY裁判所前

ワールド

IMF委、共同声明出せず 中東・ウクライナ巡り見解

ワールド

イスラエルがイランに攻撃か、規模限定的 イランは報
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負ける」と中国政府の公式見解に反する驚きの論考を英誌に寄稿

  • 4

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 5

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 8

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 7

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 8

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story