コラム

日系人収容所の体験からトランプの移民政策に警鐘を鳴らすジョージ・タケイ

2019年07月23日(火)20時00分

そんな子供たちの姿をニュースで見たアメリカの子供たちは、肌の色で「我々の子供ではない」とは思わず、「あれは自分かもしれない」と感じている。だから、候補らに会って、「あなたは、収容所をどうするつもりなのですか?」「あの子たちに何をしてあげるつもりですか?」と質問するのだ。

質問された候補全員がしっかりと受け止め、回答していたが、その中で最も真摯な態度で対応したのがエリザベス・ウォーレン上院議員だった。彼女は、質問者の少女とその親に「イベントの後でゆっくり話を聞かせてください」と言い、実際に終わった後で彼らと話し合ってフロリダのホームステッドにある巨大な不法移民収容所を訪問すると約束した。そして、1カ月後に本当にその約束を果たしたのをニュースで見た。

ウォーレンとその他の多くの民主党候補の考え方は、「彼らが命をかけてまで幼い子どもを連れてこの国に来ようとするのは、自分の国で生きるのが危険になっているから。まずはそれらの国に支援とプレッシャーの両方で対処しなければならない。一方で入国してきた移民全員を人道的に扱う。親と子は決して離れ離れにしない。わが国は亡命者を受け入れる法があるのだから、亡命希望者は『犯罪者』ではない。正当に対処するべき」というものだ。

yuka190723-takei02.jpg

多くの民主党候補のイベントで環境問題や移民の子どもの対応について質問していた9歳のアレックス(筆者撮影)

ジョージ・タケイがコミックライターやイラストレーターとのコラボレーションで16日に出版したグラフィックノベルの『They Called Us Enemy(彼らは私たちを敵と呼んだ)』は、歴史をすっかり忘れているアメリカ人に「同じ過ちを犯してはならない」と思い出させるものである。そして、「あいつらは、我々とは違う」という発想から「だから人間として同じ尊敬を持って扱う必要はない」へと変化やすい大衆心理が与える残酷な影響を想像させようとしている。

自分が何も悪いことをしていないのに、社会から「恥」を与えられた者は、あたかもそれが自分の中から生まれたものであるかのように屈辱を受けて恥じ入る。その体験を持つ者は、自由になった後でも一生その辱めを忘れることができない。それについてもタケイは書いている。

私にとって印象深かったのが、大統領候補アドレー・スティーブンソンの選挙事務所でボランティアをしていたタケイ青年がエレノア・ルーズベルト元大統領夫人と会ったシーンだ。彼の父親は具合が悪いと言い訳をしてわざと席を外していたのだが、その理由は、日系人を収容所に入れる命令を下したのがルーズベルト大統領だったからだ。

働いてお金を貯めて買った家と所有物、そして自由を奪われた後でも民主主義を強く信じていたタケイの父だが、自分たちの尊厳を奪った大統領の妻と握手することだけはどうしてもできなかったのだ。

淡々としたイラストと文章だが、グラフィックノベルになったことで、これまで日系人収容所の歴史を知らなかったアメリカ人も手に取るかもしれない。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米新規失業保険申請、3.3万件減の23.1万件 予

ビジネス

英中銀が金利据え置き、量的引き締めペース縮小 長期

ワールド

台湾中銀、政策金利据え置き 成長予想引き上げも関税

ワールド

UAE、イスラエルがヨルダン川西岸併合なら外交関係
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 4
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story