コラム

【2020米大統領選】「高齢白人男性」同士の争いを懸念する民主党の支持者たち

2019年05月07日(火)16時00分

大統領選の民主党指名候補争いには22人が名乗りを上げている(筆者撮影)

<最大の懸念は、有権者の関心が高い気候変動や女性・マイノリティの人権、それにAIが職を奪う未来には想像が及ばないこと>

4月25日にジョー・バイデン前副大統領が公式に出馬を表明し、5月2日にはコロラド州選出の上院議員が加わり、民主党の指名を争う候補は22人になった。バイデンは24時間で630万ドル(約7億円)の寄付を集め、選挙資金でも世論調査でもバーニー・サンダースとトップを争う位置にいる。

トランプ大統領は72歳で、バイデンは76歳、サンダースは77歳だ。事実誤認や突然の怒りや嘘が多いトランプの言動を、70代の現役時代にアルツハイマーをすでに発症していたロナルド・レーガンと比較するメディアもあり、2020年の大統領選が高齢者同士の戦いになることへの懸念が生まれている。

民主党の有権者が抱いている懸念は年齢だけではない。フロントランナーたちが「白人男性」ばかりだという点も、だ。というのも、現在のアメリカが抱える多くの深刻な問題は、社会経済的にあらゆる場で絶対の権力を握ってきた「白人男性」が作ったものだという考え方が広まっているからだ。

作家のレベッカ・トレイスターは、#MeTooムーブメントが2017年の秋に暴露したハリウッドの現状について「告発されているのは、どの芸術が観客に見られ、評価されるのか、そしてここが重要なのだが、どの芸術に金が払われるのかを決定する手助けをする男たちである。誰の物語が映画化されるのかを決めるのも彼らだ。彼らはまた、政治家に関するどのようなメッセージを国民に伝えるのかを決め、選挙では政治家の中から選りすぐる最も大きな力を持っている男たちだ」と書いた。

また、レベッカ・ソルニットは、後に女性の同僚や部下から性的暴力やセクシャルハラスメントを告発されて職を失ったジャーナリストのチャーリー・ローズやマット・ラウア―、マーク・ハルペリンなどの権力ある男性が選挙中にヒラリー・クリントンの好ましくないイメージを作り出してきたことを指摘し、「政治家をどう描くのか、政治家についてのどの部分を強調して語るのか(クリントンのEメール問題)、何について語らないのか(トランプとマフィアとの関係、嘘、数々の破産、告訴、性的暴力)を決めるのも(メディアで力を持つ)男たちだった。それが2016年の大統領選を形作った。もし構想を作る責任者が別の者だったなら、異なる結果になったことが想像できるだろう」と書いた。

また、アメリカでは収入格差が広まり、「中産階級」が消えようとしている。多くの社員が最低賃金を15ドルに引き上げる戦いをしている中で、その企業のCEO(最高経営責任者)は30億円前後の巨額の年収を得ている。会社を自分で作り上げた創業者兼CEOに関しては移民や移民2世が増えているが雇われCEOのほとんどはアメリカの恵まれた環境で育った白人男性である。

こういったアメリカの問題が明らかになってきたいま、トランプ、サンダース、バイデンという3人のフロントランナーに不満や不安を抱く有権者(特にリベラル側)は少なくない。

バイデンとサンダースの問題点

トランプが複数の女性から性的暴力やセクシャルハラスメントを告発されているのは周知の事実だが、バイデンも女性が居心地悪くなるような性的な接触を指摘されている。それだけではない。1991年、ジョージ・H・W・ブッシュ大統領がクレランス・トーマスを最高裁判事に指名したとき、トーマスの元部下だったアニタ・ヒルが議会の公聴会でセクシャルハラスメントを受けたことを証言した事件があったが、そのとき議長を務めたのが上院司法委員長のバイデンだった。当時の上院司法委員会は全員が男性であり、ヒルの立場を理解できる者はひとりもいなかった。また、バイデンは信憑性を調査していない男性からの「(ヒルは)好意を抱いている男性から拒否されるのに問題を持つ」ロマンチックな幻想を抱きがちな人物だという証言を許す一方で、ヒルの証言を裏付ける可能性がある女性たちの証言を退けた。

公聴会がまるで「フラれた女の恨み」的なヒルの人格攻撃的なものになるのを許した議長のバイデンの責任は重い。トーマスは最高裁判事に任命され、ヒルは嘘つき呼ばわれされて名誉を傷つけられた。バイデンは、大統領選に出馬するときになって自分の扱いが公平ではなかったことを認めたが、それは心からの謝罪といえるものではなく、ヒルはそれを受け入れてない

サンダースにも女性の人権に関する問題がある。彼は31歳のときに男女のジェンダー役割に関するエッセイを地方のマイナーな新聞に投稿していたのだが、そのエッセイの冒頭で、男性が女性に対する攻撃的な性行為の空想をしながら自慰をする例を出し、引き続き「女はパートナーの男とセックスを楽しむ――3人の男に同時にレイプされているファンタジーをいだきながら」と女性の性的ファンタジーの例を書いた。男女のジェンダー役割が性的な行為に影響を与えているというのがサンダースの論点だが、女性の「レイプファンタジー」をあたかも事実のように書くというのは、日常的に男性から性暴力やセクシャルハラスメントの被害にあう女性からは許せないことだ。

それだけなら「若気の至り」で見過ごすことができるかもしれない。だが、2016年の大統領選のときにサンダース陣営でセクシャルハラスメントが横行し、女性スタッフの給与が男性よりも少ない性差別があったことが後に明らかになった。女性スタッフが苦情を訴えたのに対応がなかったことについてCNNのアンダーソン・クーパーから質問されたサンダースは、「私は(選挙で)自分の主張を伝えるために国内を走り回っていたから少々忙しかったのだ」と皮肉な態度で答えた。しかし、選挙の忙しさ程度で自分の陣営の性差別に対応できない人物が、大統領になったときに全米のジェンダー問題に取り組むことができるだろうか?

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米政府、大規模な人員削減開始 政府機関閉鎖10日目

ワールド

米、11月から中国に100%の追加関税 トランプ氏

ワールド

アングル:中国自動運転企業が欧州へ進出加速 競争激

ビジネス

再送米ミシガン大消費者信頼感、10月速報値ほぼ横ば
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 2
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル賞の部門はどれ?
  • 3
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 4
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 5
    あなたは何型に当てはまる?「5つの睡眠タイプ」で記…
  • 6
    史上最大級の航空ミステリー、太平洋上で消息を絶っ…
  • 7
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 8
    森でクマに襲われた60歳男性が死亡...現場映像に戦慄…
  • 9
    いよいよ現実のものになった、AIが人間の雇用を奪う…
  • 10
    【クイズ】ノーベル賞を「最年少で」受賞したのは誰?
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレクトとは何か? 多い地域はどこか?
  • 3
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    赤ちゃんの「耳」に不思議な特徴...写真をSNS投稿す…
  • 6
    祖母の遺産は「2000体のアレ」だった...強迫的なコレ…
  • 7
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 8
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
  • 9
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 10
    更年期を快適に──筋トレで得られる心と体の4大効果
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 9
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 10
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story