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WSJスクープで火蓋を切ったトランプvsマードック史上最大の「悪役」対決

Could Rupert Murdoch bring down Donald Trump? A court case threatens more than just their relationship

2025年7月23日(水)21時28分
アンドリュー・ドッド(メルボルン大学 ジャーナリズム振興センター 所長)、マシュー・リケットソン(ディーキン大学 コミュニケーション学教授)
トランプの2度目の大統領就任式を待つマードック

トランプの2度目の大統領就任式を待つマードック(1月20日、米連邦議会議事堂) POOL via CNP/INSTARimages.com

<少女の性的人身売買で起訴された大富豪エプスタインとトランプは本当はどんな関係だったのか――WSJが報じたエプスタイン宛ての卑猥な手紙は、世紀の秘密をめぐってメディア王マードックがトランプに叩きつけた挑戦状か>

メディア帝国の帝王ルパート・マードックが、横暴ないじめっ子のようなアメリカ大統領に立ち向かう白馬の騎士になったとしたら、世界がひっくり返ったということだ。

マードックが所有する保守的なテレビネットワークFOXニュースは2020年大統領選挙で、ドナルド・トランプは勝っていたのにジョー・バイデンに選挙を盗まれた、という大ウソを大々的に喧伝し、その代償として名誉棄損訴訟で7億8700万米ドルを支払う羽目に陥った。

FOXは、かつて同局で司会者を務め、現在は国家機密を漏らした国防長官として物議をかもしているピート・ヘグセスをはじめとするトランプの側近を何人も輩出しているネットワークでもある。

だが、同じくマードック傘下の金融専門紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は7月17日、トランプが2003年にジェフリー・エプスタインに手書きの誕生祝いの手紙を送っていた、という記事を掲載。エプスタインは少女の性的人身売買の罪で起訴された大富豪だ。トランプは、18日にマードックを訴えた。

同紙によるとそのカードには絵も描いてあった。「女性の胸を表す一対の小さな弧の下に、まるで陰毛のように縮れた『Donald』というサインが入っている」

同誌はこの手紙を確認したが、紙面には掲載しなかった。手紙にはこう書かれていたという。
「誕生日おめでとう、そして毎日がまた素晴らしい秘密の一日でありますように」

このカードは、2021年に少女たちへの性的虐待で有罪となり、20年の刑期で服役しているエプスタインのパートナー、ギレーヌ・マクスウェルがエプスタインのためにまとめた誕生日アルバムにトランプが寄せたものらしい。

追い詰められたトランプ

トランプはこの報道に激怒した。自身のSNSトゥルース・ソーシャルに投稿し、その手紙は偽物だとマードックには警告してあったと記した。「マードックは、自分が対処すると言っていたが、明らかにその権限がなかったようだ」と書いた。マードックは2023年に、ニューズ・コープの経営権を長男のラクランに譲っている。

トランプは追い詰められている。一方には、一流紙と評価の高いWSJ紙。読者層は知的で裕福なアメリカ人で、WSJが社説で「史上最も愚かな貿易戦争」と呼んだトランプ関税には非常に懐疑的だ。

もう一方からは、陰謀論に飢えたMAGA(「アメリカを再び偉大に」)の支持者たちが迫っている。彼らは何年も前から、起訴され拘留中の2019年にエプスタインが突然死に至ったのは、自殺ではなく「口封じのための他殺」で、いわゆるディープ・ステート(闇の政府)や民主党のエリートたち、そして間違いなくクリントン夫妻を含む大規模な陰謀が絡んでいると信じてきた。

プロレスが大好きで、その派手な演出を取り入れているトランプは、マードックに対する訴訟を、1980年代のハルク・ホーガン対アンドレ・ザ・ジャイアントに匹敵する世紀の対決と位置づけるかもしれない。プロレス用語で言えば、珍しい「ヒール(悪役)同士の戦い」だ。

互いを利用するだけの友情

マードックとトランプの関係は古いが複雑だ。それを理解するカギは、そろいもそろって冷酷な取引至上主義者同士だということだ。

1980年代から90年代にかけて、マードック傘下のニューヨーク・ポスト紙がトランプを取り上げたことは、トランプの評判を高める上で極めて重要だった。

マードックがトランプを気に入っているというわけではない。マードックは2期目の大統領就任式に出席したが、トランプの新たなお気に入りだったイーロン・マスクやサム・アルトマンら大手ハイテクメディアの大物たちの後ろの席だった。その数日後、大統領執務室でくつろぐ彼の姿も目撃されている。

マードックが姿を見せたのは、純粋に権力を誇示する政治的行動であり、友人としての行動ではない。

2016年の大統領選挙前、トランプが立候補を検討していると聞いてマードックが嘲笑したことや、トランプが2期目をめざした大統領選に先立つ予備選ではフロリダ州のロン・デサンティス知事を支持した。マードックの政治的ヒーローは常にロナルド・レーガンだ。トランプはレーガンの共和党を蹂躙した。

マードックも、まともなアメリカ国民なら皆知っていることを知っている。トランプは危険か、そうでないとしても変わり者だ。マードックがトランプの台頭に加担し、FOXニュースが今もトランプを後押しし続けていることは、それに輪をかけて恐ろしい。

だが、マードックのこれまでのやり方からわかる通り、彼は自ら助け作ったものを、破壊することも厭わない。おそらく、今度はトランプが壊される番なのだろう。マードックの元側近は最近、英フィナンシャル・タイムズ紙にこう語った:

「彼は探っているところだ。トランプは支持を失いつつあるのか、だとしたら次はどこに賭けるべきか」

マードックの大きな強みと、彼にとって近い将来の脅威はなにか、紹介しよう。

「マードック帝国」対MAGA

マードックの強みはそのメディア帝国の懐の深さにある。傘下のメディアにはそれぞれ独自のマーケットと志をもつ発行人がいて、帝国はその連合体のように運営されている。

FOXニュースがMAGA層を取り込み、ニューヨーク・ポスト紙がニューヨークの読者を獲得する一方で、WSJはビジネス層に語り、耳を傾ける。それぞれの読者には異なるニーズがあり、同じニュースでもまったく異なる方法で伝えられることが多いし、まったく異なるニュースとして提示することもある。

この連合体は、マードックがマーケット全体に変化をもたらすための武器でもある。

たとえばWSJがトランプのMAGA支持層の信頼を揺るがすスクープを出せば、他のメディアも後追いし、その結果として生まれる世論のうねりに合わせて、最終的にはFOXさえもがトランプ批判に舵を切る可能性がある。

だが、その変化が起こるまでは、マードックも大きな脅威にさらされる。トランプがSNSで呼びかければ、陰謀論好きの視聴者たちは先にFOXを見限りかねない。実際、トランプは「法廷でマードックを証言台に立たせるのが楽しみだ」と書いている。

もし「トランプ叩き」の黒幕がマードックだということになれば、MAGAがFOXをボイコットすることもあり得る。

2020年の選挙後、FOXが「不正選挙説」を後押しした背景にも、そうしなければ視聴者が離反するのではないかという恐怖があった。その恐怖は今もある。競合のニューズマックスなど、右派系メディアへの流出は防がなければならない。


事実よりスキャンダル

もちろん、トランプが主張する通りエプスタインへの手紙が偽物である可能性もある。

マードックは以前にも、虚偽の暴露報道を行った前科がいくつもある。たとえば1983年に出した「ヒトラーの日記」事件。ヒトラーが戦時中に書いたとされる60冊以上の手書きノートだが、捏造と判明した。マードックは、偽物と知りつつ出版に踏み切った。

2009年には、マードック系の豪大衆紙が極右政治家ポーリン・ハンソンの下着写真を掲載したが、これも偽物と判明した。

イギリスのタブロイド紙「ザ・サン」のフェイク報道も有名だ。1987年にはエルトン・ジョンの少年買春疑惑など誹謗中傷キャンペーンを展開。エルトン・ジョンは名誉毀損で訴え、ザ・サンは賠償金を支払い謝罪した。

1989年、サッカーの試合中にヒルズボロ・スタジアムで群衆事故が起きたときは、リバプールのファンが死者のポケットをあさったなどと虚偽報道。怒ったリバプール市民は新聞をボイコットした。

そうかと思うと一方には、保守的ではあるが真面目な報道姿勢で知られるWSJもある。2007年にマードックが買収されて以降、編集部内では報道基準をめぐる戦いが続いてきた。


トランプに下ったメディア企業

だがマードックは、既にトランプの圧力に屈したメディア企業のように負けはしないだろう。

2024年12月、ABCニュースの親会社ディズニーは、キャスターが「トランプが(作家の)ジーン・キャロルのレイプの責任を問われた」と発言したことでトランプに訴えられ、1500万ドルを支払うことで和解した。トランプは実際に民事裁判で、「性的暴行と名誉毀損」の認定を受け、500万ドルの賠償を命じられたのだが、ディズニーは争わなかった。

同様に、CBSニュースの親会社パラマウントも2025年7月上旬に和解に応じ、1600万ドルをトランプの大統領図書館基金に支払うことで合意した。昨年10月、当時のカマラ・ハリス副大統領へのインタビューを放映した際、ハリスに有利な編集をした、というのがトランプの訴えで、CBS側は当初、「まったく根拠のない訴訟だ」としていたにもかかわらずだ。


マードックに勝算あり?

メディア企業に対するトランプの攻撃はこれらにとどまらない。

先週、米議会は良質な番組で知られる公共放送サービス(PBS)とナショナル・パブリック・ラジオ(NPR)への連邦予算を打ち切る法案を可決した。

またCBSは同じ週、トランプ批判で知られるスティーブン・コルベアの番組を打ち切った。これは「コスト削減」のためと説明されているが、ホワイトハウスへの忖度だと見る向きもある。

もしエプスタインへの手紙が本物ならば、マードックは簡単には引き下がるまい。そしてその時こそ、注視すべきだ。なぜなら、いずれトランプの弁護士が証拠開示手続きや宣誓証言の危険について忠告する日が来るからだ。

エプスタイン関連のファイルにトランプに不利な事実が含まれているなら、訴訟は早期に決着し、メディアの包囲網は一層厳しくなるだろう。

かつては心強い味方だったイーロン・マスクと共に今やマードックが、ドナルド・トランプに反旗を翻す構図が浮かび上がる。その意味は、計り知れない。

トランプ、マードック、そしてマスク。いずれも自らの都合で言論を操ってきた世界的「暴君」たちだ。振り回される市民こそ被害者だ。もっとまともな改革者はいないのか。

The Conversation

Andrew Dodd, Professor of Journalism, Director of the Centre for Advancing Journalism, The University of Melbourne and Matthew Ricketson, Professor of Communication, Deakin University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


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