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陰謀論

選挙中に陰謀論を振りかざしていたトランプが手のひら返し、MAGA派を分裂させてしまう

2025年7月22日(火)16時40分
ロバート・ドーバー(英ハル大学教授〔インテリジェンス・安全保障論〕)
エプスタイン問題で政府に抗議する市民

エプスタイン問題で政府に抗議する市民(7月18日、ホワイトハウス前) WIN MCNAMEE/GETTY IMAGES

<昨年の大統領選でエプスタイン・ファイルを公開すると述べていたトランプだが、前言を撤回し、根も葉もない噂だと否定。挙句の果てに支持層を攻撃し始めた...>

昨年の米大統領選の選挙期間中、トランプ大統領は、大統領に返り咲けば「エプスタイン・ファイル」を公開するとたびたび述べていた。2019年に少女らの性的人身売買などの罪で逮捕・起訴されて拘置所で死亡した大富豪ジェフリー・エプスタインに関する捜査資料のことだ。

トランプを支持する「MAGA(アメリカを再び偉大に)」派の人たちの中には、エプスタインが権力者たちに少女らを斡旋していて、口封じのために殺されたと考えている人が多い。この陰謀論を信じる人たちは、エプスタイン・ファイルが公開されれば、未成年者の性的搾取に手を染めていた大物の名前が続々と明るみに出ると思っている。


トランプも選挙期間中に、ファイルには多くの大物の名前が含まれていると示唆し、具体名を把握しているような口ぶりで話していた。

ところが司法省は先日、エプスタイン事件で政治的な重要人物を含む顧客リストは見つからなかったと発表。エプスタインの死は自殺だったと、改めて結論付けた。

MAGA派はこれまでおおむねトランプへの忠誠を貫いているが、1月にトランプが大統領に復帰して以来、いくつもの不本意な状況を受け入れざるを得なくなっている。

トランプがMAGA派の支持を得てきた大きな要因の1つは、国外への軍事的関与に反対する姿勢だった。しかし、6月下旬のイラン空爆により、この方針は覆された。

トランプの旗振りで7月初めに成立した大型法案「ワン・ビッグ・ビューティフル法案」には、低所得層向けの医療保険や食費支援制度の予算削減が盛り込まれている。打撃を被るMAGA派の有権者は少なくない。

MAGA派の人々は、自身の懐事情が苦しくなっても、政府の効率化や規模縮小を理由に、トランプ政権の路線を支持してきた。トランプの言葉を信じて、長い目で見れば自分たちにとって悪いようにはならない、一時の辛抱だと考えているのだ。

しかしエプスタイン・ファイルをめぐる問題は、トランプとMAGA派の間に亀裂を生みかねない。小児性愛者の違法組織うんぬんという陰謀論は、多くのMAGA派の思考の中核を成している。それなのに、トランプ政権の司法省がそれを実質的に否定したのだ。MAGA派の中には、トランプが事件の真相の隠蔽工作に関わっているのではないか、と主張する人たちも出てきている。

最近決裂するまでトランプの側近中の側近だった起業家のイーロン・マスクは、証拠を示すことなく、エプスタイン・ファイルにトランプの名前が含まれていると繰り返し示唆している(トランプはエプスタインの元弁護士の発言を基に疑惑を否定した)。

一方、トランプはこの騒動に関連してMAGA派を攻撃し始めた。エプスタインをめぐる陰謀論は根も葉もないデマであり、それを信じ続ける一部の支持者は「だまされやすい弱者」だと批判している。

エプスタイン問題はいずれ収束するかもしれない。しかし、MAGA派がトランプによってもコントロールできない存在になっているのではないかという疑問は残る。

もしMAGA派の一部の支持を失えば、トランプにとって大きな痛手になる。もしかすると、墓場の中のエプスタインがアメリカ政治の新時代をもたらすのに一役買うことになるのかもしれない。

The Conversation

Robert Dover, Professor of Intelligence and National Security & Dean of Faculty, University of Hull

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

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