コラム

注目を集めるミレニアル世代の大統領候補ピート・ブティジェッジ

2019年04月11日(木)19時50分

「東部標準時間帯最西端のこの地では夜明けは遅れてやってくる。海岸から遠く離れているために、元旦の日の出は8時を過ぎてようやく訪れる」という故郷のサウスベンド市を紹介する最初の1行を読み始めてすぐに胸踊る興奮を覚えた。風景が目の前に浮かんでくるような素晴らしい文章なのだ。政治家が書いた回想録でこれほどの文章力はめったにない。その前の冒頭の引用文がアポロ11号のマイケル・コリンズのものだというのにも感心した。アポロ11号の宇宙飛行士を引用するとき、普通の人なら最も有名なニール・アームストロング船長かポップカルチャー的な認知度があるバズ・オルドリンを使う。けれども、アポロ11号に関して最も優れた回想録を書いたのは月には着陸しなかったマイケル・コリンズなのだ。ゴーストライターを使っていないのは明らかだし、その後何度も出てくる引用からもブティジェッジの知的好奇心の幅広さを感じる。

ブティジェッジはハーバード大学で歴史と文学を専攻し、ハーバード大学ケネディ行政大学院の機関のひとつであるインスティチュート・オブ・ポリティクスの学生諮問委員会の委員長を務め、summa cum laude(最優秀)の成績で卒業した。そして、ローズ奨学生としてオックスフォード大学に留学して哲学と政治・経済学を学び、試験で1位の成績を取って卒業した。この学歴を知ると、ブティジェッジの知的な文章が納得できる。まるで「神童」のようだが、卒業後に国際的に有名なコンサルティング会社のマッキンゼー・アンド・カンパニーに就職した時点までは、頭脳明晰な歴代の民主党の大統領や候補らとあまり変わらないとも言える。

ブーテジェッジのユニークさは、眩しいほどの輝く学歴を持ちながら、高収入の仕事を捨てて故郷のインディアナ州に戻り、公のために尽くせる仕事に就こうとしたところだ。

彼の選択がどれほど特殊なことかを知るためには、アメリカにおけるインディアナ州の立ち位置を知る必要がある。J.D.ヴァンス著の『ヒルビリー・エレジー』で日本でもよく知られるようになったアメリカ中西部の「ラストベルト」の一部であり、かつて工業地帯として栄えたが、その後はアメリカの繁栄に取り残された地域だ。

ブティジェッジの生まれ故郷で名門ノートルダム大学があるサウスベンド市でも、放置された建物の廃墟が幼いピート少年の原風景になっていた。宗教保守のカトリック教徒が多く、マイク・ペンス副大統領がインディアナ州知事だったときに、個人や企業がLGBTQへの差別を許す「宗教の自由回復法」に署名して全米から批判を浴びた保守的な地域でもある。2008年はオバマ大統領が過半数を獲得したが、それ以外の大統領選では1968年以降ずっと共和党の候補が勝ち続けている共和党が強い州なのだ。

ブティジェッジは、わざわざそんなインディアナ州に戻り、民主党の候補として勝ち目がない州財務官の選挙に27歳の若さで出馬したのである。たとえ当選しても、収入はこれまでの何十分の一になるというのに。この選挙には落選したが、彼は周囲の勧めでサウスベンド市の市長選に挑み、74%の得票率で当選した。このとき彼はまだ29歳だった。

これだけでもブティジェッジは十分ユニークなのだが、彼は国民としての義務を感じて海軍予備軍にも入隊したのだ。そして、2014年に市長の仕事を休職してアフガニスタンに従軍した。戦地で7カ月を過ごし、同僚の死も間近に体験した彼は帰国後にある決意をした。それは、同性愛者であることを公表することだった。

先に書いたように、インディアナ州は保守的な地域だ。サウスベンド市にはLGBTQの人権を守る法があるが、州全体にはない。これまで彼を支持していた人々も彼がゲイだと知ったら背を向けるかもしれない。そういう懸念はあったのに、彼は地元の新聞で同性愛を公にし、その5カ月後に80%の得票率で市長に再選されたのである。

東海岸のニューヨーク市や西海岸のサンフランシスコ市のように超リベラルな地域であれば、同性愛者が市長に当選しても不思議はない。だが、サウスベンド市は同性愛者を堂々と差別できる法ができたインディアナ州にある。父親がマルタ共和国出身なので、ブティジェッジは移民2世ということにもなる。そして、ラストベルトの人々は東海岸や西海岸の有名大学で教育を受けたエリートを毛嫌いする。これほどマイナスの要素が揃っているのに8割の市民の支持を得て再選されたところを見ると、ブティジェッジが党派を超えて本当に市民から愛されていることがわかる。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

ニュース速報

ビジネス

東証に立ち入り検査、金融相「行政処分は結果踏まえ判

ビジネス

焦点:米金融機関、コロナ支援策の不正問題で規制に戦

ビジネス

中国ファーウェイ、第3四半期は3.7%増収 上期の

ビジネス

障害対応や売買停止・再開ルール明確化=東証社長

MAGAZINE

特集:日本人が知らないワクチン戦争

2020-10・27号(10/20発売)

全世界が先を争う新型コロナのワクチン確保 ── その最前線と日本の開発が遅れた本当の理由

人気ランキング

  • 1

    インドネシア大統領ジョコ、米国の哨戒機給油要請を拒否

  • 2

    スリランカが日本支援のライトレール計画を中止したのは......

  • 3

    菅首相、訪問先のインドネシアで500億円の円借款供与 ジョコ大統領と安保、医療でも協力を決めたが──

  • 4

    新型コロナ、スウェーデンは高齢者を犠牲にしたのか

  • 5

    北朝鮮の新型ICBMは巨大な張りぼてなのか?

  • 6

    台湾近くに極超音速ミサイル「東風17号」を配備した…

  • 7

    「新型コロナウイルス、絶滅する可能性は低く『永久的…

  • 8

    返済が一生終わらない......日本を押しつぶす住宅ロ…

  • 9

    台湾当局「中国の『フーリガン』外交官恐れず建国記…

  • 10

    6割が不詳・死亡などの「不安定進路」という人文系博…

  • 1

    スリランカが日本支援のライトレール計画を中止したのは......

  • 2

    習近平、中国海兵隊に号令「戦争に備えよ」

  • 3

    中国のネットから消された「千人計画」と日本学術会議研究者たち

  • 4

    在韓米軍、駐留費引き上げで合意なければ韓国人職員9…

  • 5

    アフリカ支援を渋りはじめた中国──蜜月の終わりか

  • 6

    トランプ「土壇場の大逆転」2度目は空振り? 前回と…

  • 7

    韓国は中国を気づかって、米日豪印4ヶ国連携「クアッ…

  • 8

    インドネシア大統領ジョコ、米国の哨戒機給油要請を…

  • 9

    菅首相、訪問先のインドネシアで500億円の円借款供与…

  • 10

    グアムを「州に格上げ」して中国に対抗せよ

  • 1

    中国人民解放軍、グアムの米空軍基地標的とみられる模擬攻撃の動画公開

  • 2

    スリランカが日本支援のライトレール計画を中止したのは......

  • 3

    韓国ネット民、旭日旗めぐりなぜかフィリピンと対立し大炎上に

  • 4

    日本学術会議は最後に大きな仕事をした

  • 5

    金正恩「女子大生クラブ」主要メンバー6人を公開処刑

  • 6

    習近平、中国海兵隊に号令「戦争に備えよ」

  • 7

    その数333基、世界一のダム輸出国・中国の「無責任」

  • 8

    注意喚起、 猛毒を持つふさふさの毛虫が米バージニア…

  • 9

    日本がついに動く実物大のガンダムを建造、ファンに…

  • 10

    中国のネットから消された「千人計画」と日本学術会…

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

英会話特集 グローバル人材を目指す Newsweek 日本版を読みながらグローバルトレンドを学ぶ
日本再発見 シーズン2
CCCメディアハウス求人情報
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
Wonderful Story
メールマガジン登録
CHALLENGING INNOVATOR
売り切れのないDigital版はこちら
World Voice

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

絶賛発売中!