コラム

【2020米大統領選】ベーシック・インカムを唱えるアジア系候補アンドリュー・ヤング

2019年04月17日(水)15時30分

ニューハンプシャー州の選挙イベントで聴衆に語り掛けるヤング(左) 筆者撮影

<ベンチャー起業家のヤングが、多くの人々の仕事をAIが奪う未来を憂いて提唱する「ヒューマン・キャピタリズム」>

2020年米大統領選の予備選がすでに盛り上がっていることを前回の記事で語った。

この中で、政治の未経験者でありながらインターネットで情熱的な支持者を集めている民主党候補がいる。ユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)を強く推している44歳のアジア系アメリカ人、アンドリュー・ヤングだ。

ヤングが「フリーダム配当金(Freedom Dividend)」と呼ぶUBIは、18歳から64歳(社会保障での通常の引退年齢の設定が65歳だから)のアメリカ市民全員に毎月1000ドル(約11万円)を支給するというものであり、世界で最も大金持ちのジェフ・ベゾスも無職の人も平等の扱いである。

この部分だけを取り上げると、「最低賃金を時給15ドルに引き上げる」ことを政策の看板にしてきたバーニー・サンダースよりもヤングのほうが左よりの社会主義者のようなイメージを与えるかもしれない。しかし、ヤングは伝統的な「社会主義者」のカテゴリに属する候補ではないし、そもそも「右か左か」という決めつけが間違いだと考えている。

ブラウン大学卒業後にコロンビア大学の法学大学院を卒業したヤングは25歳で最初の会社を起業して以来いくつものテクノロジーと教育関係の会社を設立あるいは経営してきた。そして、2011年に非営利団体「Venture for America」を創設し、経済成長に取り残されたアメリカの中西部を中心に若者の起業を助けてきた。

そんなヤングは根本的には自由主義者であり資本主義者なのだが、ビジネスマンとして、2人の息子を持つ父親としてアメリカの現状を見ているうちに危機感を覚えるようになった。最先端のテクノロジーとビジネスを知る彼が冷静な分析をし、深く考えた末に人のウェルビーイング(福利と幸福)と充足感に対応する新しい形の資本主義である「ヒューマン・キャピタリズム」という政治信念にたどり着いた。

アンドリュー・ヤングが2018年4月に刊行した『The War on Normal People(普通の人々に対する戦争)』を読むと、彼がこの信念に到達した思考回路がよく理解できる。

この本の副題である「 The Truth About America's Disappearing Jobs and Why Universal Basic Income Is Our Future(アメリカで消えつつある職についての真実と、ユニバーサル・ベーシック・インカムこそが我々の将来である理由)」で想像できるように、ヤングはまずアメリカで仕事が消える未来を数字を使ってシビアに描いている。

アメリカの政治家は口癖のように「私は職を沢山作る」と約束する。だが、どんなにあがいても、AIが多くの一般人の仕事を奪う未来を変えることはできない。AIに仕事を奪われても、他の仕事に就けばいいと思うかもしれない。だが、テクノロジーの進化によって新たに作られた仕事には特別な知識やスキルが必要であり、AIに仕事を奪われた人たちが簡単に移行できるようなものではない。

ヒルビリー・エレジー』で描かれたラストベルトの白人の絶望がそれであり、ヘロイン依存症や自殺の増加というアメリカの社会問題である。国が何の対策を取らなかった場合には、ラストベルトでのその絶望は全米に広がることになる。

これを肌感覚で知っているのは、政治家ではなくヤングたち起業家だ。起業家らはAIがスーパーマーケットでレジの仕事をすでに奪っている現状と、トラック運転手の仕事がなくなる未来を知っているし、それが全米に与える恐ろしい影響も鮮やかに予想している。だから、イーロン・マスクやマーク・ザッカーバーグがUBIの支持者だというは決して不思議なことではない。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ノンバンク融資に絡むリスクへ監視強化を、IMFが各

ビジネス

景気減速、予想ほど進んでいない可能性=ミネアポリス

ビジネス

仮想通貨規制、各国で「重大な格差」とリスク指摘=F

ビジネス

トランプ大統領と独メルク、不妊治療薬値下げと関税免
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口減少を補うか
  • 2
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 3
    間取り図に「謎の空間」...封印されたスペースの正体は?
  • 4
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 5
    【クイズ】サッカー男子日本代表...FIFAランキングの…
  • 6
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 7
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 8
    疲れたとき「心身ともにゆっくり休む」は逆効果?...…
  • 9
    イーロン・マスク、新構想「Macrohard」でマイクロソ…
  • 10
    ホワイトカラーの62%が「ブルーカラーに転職」を検討…
  • 1
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 2
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 3
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 4
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 5
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 6
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 9
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 10
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story