コラム

【2020米大統領選】ベーシック・インカムを唱えるアジア系候補アンドリュー・ヤング

2019年04月17日(水)15時30分

起業家たちが政治家よりよく理解しているのは、働くことで人が得る充足感と尊厳とその重要性だ。UBIに対しては「金を与えたら働かなくなる」という反論がある。そういう人もいることはいるだろう。ヤングもそれは認めている。だが、実際にはそれほど多くはならない。「ドラッグや酒に使ってしまう」という意見もあるが、研究ではすでにその説は否定されている。月に1000ドルというのはアメリカでは本当に食べていくのにギリギリの最低限の収入なので、それ以上の生活をしたければ働かざるを得ない。それに、人は働くことで充足感を得て、自分への尊厳を抱けるものなのだ。

その意味を含めて、「フリーダム配当金(UBI)」の他にもヤングは興味深い提案をしている。それは、「ソーシャル・クレジット(Social Credits)」というシステムだ。

それは、人が自分のスキルを活用して隣人の家の修理をしたり、子守をしたりしてソーシャル・クレジットを得て貯蓄するというものだ。そして、そのソーシャル・クレジットを使って自分が必要とするサービスを購入する。このコンセプトはすでに「タイム・バンキング(時間貯蓄)」という名前でアメリカの約200のコミュニティで実践されている。犬の散歩、庭仕事、料理、病院への車での送り迎え、といったサービスに費やした時間を貯金し、コミュニティ内で物々交換のように利用し合うというものだ。

私も10年以上前に子守のタイム・バンキングを利用していた友人から参加を勧められたことがある。これは現金収入の代わりになるシステムというだけでなく、「自分のスキルを使って働くことで、他人から感謝される」というヒューマニティに関わる満足感も与えてくれる。

4月7日にニューハンプシャー州で開催された「民主主義タウンホール(Democracy Town Hall)」というイベントで、ヤングの話を直接聴いてみることにした。同時期に行われた大統領候補のコリー・ブッカー(上院議員)とカーステン・ギリブランド(上院議員)のイベントに集まったのは200~300人程度だったが、主催者の知名度もあってかヤングのタウンホールイベントにはそれらを超える900人弱が集まった。

主催したのは「クリエイティブ・コモンズ」の共同創設者であるローレンス・レッシグが創設した「イコール・シティズンズ(Equal Citizens、平等な市民)」という無党派の非営利団体である。

憲法学とサイバー法学を専門にする法学者のレッシグは、ハーバード大学の教授を務めながら、「真の民主主義」と「自由」のために多くの企画を手がけてきた人物である。レッシグは、現在のアメリカの政治家を選出するシステムが完全に崩壊していることやすべての国民の票が平等ではないこと、国民の意見が無視され、民主主義が崩壊していることを憂い、それを変えていくために「イコール・シティズンズ」を創設した。「民主主義タウンホール」は団体の重要な活動のひとつであり、それに賛同して最初にゲストとして語ることを引き受けたのがヤングだった。

yang190416-02.jpg

上院議員らの選挙イベントを超える聴衆が集まった 筆者撮影

アンドリュー・ヤングは、ネットではGifなどのインターネット・ミーム(ネット上の面白ネタ)をよく使い、ミレニアル世代やその下のジェネレーションZに人気がある。ゆえに主要メディアから軽視されてきたところがあるが、実際に話を聴くと、非常に知的でシャープなビジネスマンであることがわかる。

高等教育を受けている者でないと理解できない単語が頻出し、しかも早口だ。しかし、相手を見下した態度ではない。相手が自分と同じレベルの友人や同僚だとみなして容赦せずに思うままに語っている感じだ。この点も、ほかの政治家たちとまったく異なる。こういったところが魅力になっているのか、これまでの取材では前回の大統領選挙でバーニー・サンダースを支持したミレニアル世代の一部がヤングに乗り換えている現象を感じた。

ヤングはイベントの最後に敵対する党を悪者扱いして対立を煽る現在のアメリカの政治の雰囲気について「人は対立する側を悪者扱いしたくなるものだ」と人間心理を受け止めたうえで、「だが、我々は、あらゆる人々について歪めて伝え、非人間的に扱っているシステムを修復することに焦点を絞るべきだ」と冷静に批判した。そのうえで、現在のアメリカの状況について「(ここに集まっている人たちは)神聖ともいえる信頼感に基づいて壊れたシステムから残りのアメリカを守ろうとしている」「だが、我々はいったん落ちたらもう元には戻れない断崖に向かっていることを感じている」と強い危機感を語った。

続いて「私は、自分が大統領になれるというファンタジーを抱いて出馬したのではない。立候補したのは、私がアメリカ人であり、子を持つ親だからだ。我々の子どもたちに残す国として(現在の)この国を受け入れることはできない」と語ったとき、ヤングはこのイベントで初めて感情的になって涙ぐんだ。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米1月CPI、前年比2.4%上昇 伸び鈍化し予想も

ワールド

米・ロ・ウクライナ、17日にスイスで和平協議

ワールド

米中外相、ミュンヘンで会談 トランプ氏の訪中控え

ビジネス

EU貿易黒字が縮小、米関税と中国の攻勢が響く
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:習近平独裁の未来
特集:習近平独裁の未来
2026年2月17日号(2/10発売)

軍ナンバー2の粛清は強権体制の揺らぎか、「スマート独裁」の強化の始まりか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    50歳には「まったく見えない」...信じられないレベルの「若見え」な女性の写真にSNS震撼
  • 4
    がんは何を食べて生き延びるのか?...「ブドウ糖」の…
  • 5
    川崎が「次世代都市モデルの世界的ベンチマーク」に─…
  • 6
    毛沢東への回帰? それとも進化? 終身支配へ突き…
  • 7
    「ドルも弱い」なのになぜ、円安が進む? 「ドル以外…
  • 8
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 9
    やはりトランプ関税で最も打撃を受けるのは米国民と…
  • 10
    着てるのに見えてる...カイリー・ジェンナーの「目の…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた実験室」に...抗生物質の「不都合」な真実とは
  • 3
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 4
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 5
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 6
    がんの約4割は、日々の取り組みで「予防可能」...予…
  • 7
    ビジネスクラスの乗客が「あり得ないマナー違反」...…
  • 8
    がんは何を食べて生き延びるのか?...「ブドウ糖」の…
  • 9
    台湾発言、総選挙...高市首相は「イキリ」の連続で日…
  • 10
    【銘柄】「ソニーグループ」の株価が上がらない...業…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 6
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 7
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 8
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 9
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 10
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story