コラム

地球滅亡の危機に引き裂かれるロメオとジュリエット

2017年06月01日(木)10時30分

この作品の主人公は、動物と会話を交わす魔力がある少女Patriciaと物理学の天才少年Laurenceの二人だ。ボストン近郊の中学校で出会った二人は、周囲と異なるがゆえに、同級生から執拗ないじめを受けていた。二人が親しくなったのは、ほかに友だちがいなかったからで、特に相手の性格にひかれたわけではない。しかし、未来を予知して二人の命を狙う殺し屋と、わが子を理解しない親たちが介入し、二人はサバイバルのために別々の道を歩むことになる。

10年後、ふたりは偶然にサンフランシスコで再会した。魔術師の学校で訓練を受けたPatriciaは癒やしのパワーを持つ魔女になり、LaurenceはITスタートアップの寵児として有名になっていた。

Patriciaの交友関係は自然信仰の魔術師たち、Laurenceも科学とビジネスを信仰する者たちの狭い世界だ。どちらも、地球温暖化の救世主は自分たちだと信じている。だが、双方が「最も重要だ」と思っていることは異なる。魔術師たちは、人類よりも自然を重んじている。そして、ITビジネスの信仰者たちは「人類が存続するために、10%の人類をほかの惑星に移住するべき。そのために地球を破壊してもヒューマニティの存続のためには仕方がない」という考え方だ。

気候変動で食料の価格が暴騰しているが、人々はまだ普通の生活を続けていて、自然信仰者と科学信仰者の違いが表面化することはなかった。それゆえに、PatriciaとLaurenceも交流を持つことができ、ふたりは少しずつ昔の友情を取り戻す。

だが、地球温暖化による大きな自然災害がアメリカの首都とニューヨークを壊滅させると、それをきっかけに全世界で紛争が勃発するようになる。この危機に、自然信仰の魔術師たちと科学信仰のITビジネス集団は、地球と人類の存続について異なる決断を下し、それを実行に移そうとする。対立する二つの集団は血みどろの闘いを始め、PatriciaとLaurenceは、仲間への忠誠心と愛情との間で選択を迫られる。読者もまた、二人の若者と地球の運命に最後までハラハラすることになる。

【参考記事】トランプ政権下でベストセラーになるディストピア小説

「自分はみんなとどこか違う」という違和感と、それを周りから嗅ぎつけられて虐めにあった経験がある人はたくさんいるはずだ。大人への徹底的な不信感を抱いたこともあるだろう。そんな人は、すぐにPatriciaやLaurenceに感情移入できるはずだ。

私もPatriciaのような子どもだった。現実の世界が苦しくなると、私は読書と空想の世界に逃げた。その世界では、私はパワフルな魔法使いであり、ロケットで異なる惑星に旅する冒険家だった。『All the Birds in the Sky』は、私がかつて夢想した世界の延長線上にある。でも、登場人物たちが対面するのは、「地球と人類の滅亡の危機」という重荷だ。そして、「仲間と長年の友情のどちらを選ぶのか?」という答えがない選択も......。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏がアジア歴訪開始、タイ・カンボジア和平調

ワールド

中国で「台湾光復」記念式典、共産党幹部が統一訴え

ビジネス

注目企業の決算やFOMCなど材料目白押し=今週の米

ビジネス

米FRB、「ストレステスト」改正案承認 透明性向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 3
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水の支配」の日本で起こっていること
  • 4
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 5
    「信じられない...」レストランで泣いている女性の元…
  • 6
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 7
    メーガン妃の「お尻」に手を伸ばすヘンリー王子、注…
  • 8
    「宇宙人の乗り物」が太陽系内に...? Xデーは10月2…
  • 9
    アメリカの現状に「重なりすぎて怖い」...映画『ワン…
  • 10
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 6
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 7
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 8
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 9
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 10
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 9
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story