最新記事
中東情勢

イランの核施設破壊を狙うイスラエルに勝算はあるか――下手をすると核保有国イランを生むだけかも

Netanyahu has two war aims: destroying Iran’s nuclear program and regime change. Are either achievable?

2025年6月16日(月)20時57分
イアン・パーミター(オーストラリア国立大学アラブ・イスラム研究センター研究員)
テルアビブにイランのミサイルが着弾

アイアンドームを掻い潜ってテルアビブに着弾したイランのミサイル。イランにはあとどれだけ抵抗の手段が残っているのだろうか(6月16日)  REUTERS/Itai Ron

<仮に米軍のバンカーバスター(地中貫通爆弾)の力を借りてイランの地中深くにあるフォルドウの核施設を破壊できたとしても、イランは確実にそれを再建し、今度こそ核爆弾を手にしようとするだろう>

イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、イランの核施設に対するイスラエルの攻撃は少なくとも2週間は続く可能性があると述べた。

彼の言うことが正確だと思えるのには理由がある。イスラエル国防軍と情報機関は、明らかに計画的で段階的な作戦を立案して実行してきているからだ。

イスラエル軍は当初、イランの軍事的・科学的指導層の排除に焦点を当て、同時にイランの防空網を事実上すべて破壊することを重視し、そこに注力した。

イスラエル空軍は今やイラン領空上空を自由に飛行できるだけでなく、空中で燃料を補給したり、重要な地点に特殊部隊を降下させて、標的への精密爆撃や、隠蔽されたり厳重に保護されている核施設を攻撃することも可能になった。

この作戦が始まって以来、ネタニヤフは公の場で2つの重要な目的を強調してきた。1つ目はイランの核開発プログラムを破壊すること、2つ目はイラン国民に対して宗教指導者が支配する体制の打倒を促すことだ。

この2つの目的を念頭に置くと、紛争はどのように展開し、終結するだろうか? いくつかのおおまかなシナリオが考えられる。

核交渉の再開

イランとアメリカはそれでも核交渉を辞めるとは言っていない。

ドナルド・トランプ大統領の中東担当特使スティーブ・ウィトコフは、2015年にオバマ政権下で交渉されたイラン核合意に代わる合意を目指し、6月15日にオマーンでイラン側との6回目の協議に出席する予定だった。

イランは2015年の核合意を遵守していたのだが、トランプは最初の任期中の2018年、一方的に核合意から離脱したのだ。

ネタニヤフ首相は2015年の核合意にも反対の立場だったし、今回もイランが本気とは信じていない。

イスラエルの攻撃の結果としてイランとの核交渉が再開することは、ネタニヤフにとっては大幅な譲歩になってしまう。

ネタニヤフはイランを弱体化させることで、2023年10月にハマスの奇襲を受けて失墜した国防への信用を回復したいと考えている。

トランプはイランに合意を受け入れるよう圧力をかけ続けてきたが、イスラエルの攻撃で交渉は中止になった。ネタニヤフを説得して攻撃を止めさせることはトランプにもできないだろう。

イラン核施設の完全破壊

イランの核開発計画を破壊するには、首都テヘランの南約100キロにあるフォルドウのウラン濃縮施設を含む、あらゆる既知の施設を破壊する必要がある。

国際原子力機関(IAEA)のラファエル・グロッシ事務局長によれば、この施設は山岳地帯の約80メートルの地下にある。 おそらくアメリカの2000ポンド(約400キロ)の地中貫通爆弾でも届かないだろう。

攻撃によって地滑りを起こせば、施設の入り口や換気シャフトを閉鎖することができるかもしれない。しかし、それは一時的な解決策にしかならない。

フォルドウの施設を完全に破壊するには、イスラエルの特殊部隊の突入が必要になる。イスラエルがこれまでにもイランに工作員を送り込むことに成功していることを考えれば、これは確かに可能だ。

とはいえ、施設にどれだけの被害を与えることができるか、そしてそれをイランが再建するまでどのくらい時間がかかるか、疑問が残る。

ウラン濃縮に使う核遠心分離機を破壊できたとしても、それはイランの核開発プログラムを解体するための第一歩にすぎない。

イランはすでに濃縮度60%のウランを貯蔵しており、イスラエルはこれを手に入れるか、除去しなければならない。兵器級の90%まで濃縮すれば最大10発の核爆弾を作るのに十分な量だ。

だが、イスラエルの諜報機関はその貯蔵場所を知っているのだろうか?

イランの体制転換

イランの現体制を崩壊させることは、確かに可能だ。イスラエルは13日のイラン攻撃開始以来、イスラム革命防衛隊やイラン軍のトップを含むイランの最高幹部軍事指導者を殺害している。

またイランでは、長年にわたって反体制デモが起きている。2022年には、イランの若い女性マフサ・アミニがヒジャブを正しく着用していなかったとして警察に拘束されたまま死亡したことで、大規模な抗議デモが発生した。現在のイスラム体制が不人気であることは確かだ。

とはいえ、イランの現政権は1979年に権力を握って以来、1980年代のイラクとの戦争や大規模な制裁など、多くの試練を乗り越えてきた。また、極めて効率的な治安システムを開発し、政権の維持を可能にしてきた。

現時点で先が読めないもう1つの点は、イスラエルが仮に民間人まで標的を広げた場合、イラン国民の結束を強める結果になるかどうかだ。

ネタニヤフは先ごろ、イスラエル当局はイランの政権幹部が出国の準備をしている形跡をつかんでいると述べた。ただし証拠は示されていない。

米軍やその他の国を巻き込むか

では、アメリカがこの戦いに加わる可能性はあるのだろうか?

この問いに答えるのは難しい。イランの国連大使はイスラエルの攻撃を支援したとしてアメリカを名指しで非難している。

アメリカとイスラエルが緊密に情報共有していることを考えると、その指摘はあながち間違ってはいない。またアメリカ政界では、リンゼー・グラム上院議員ら共和党の大物たちがトランプに対し、米軍を出動させてイスラエルを支援せよと求めている。イスラエルがさっさと「仕事を片付けられるように」、というのだ。

トランプはこれまで、歴代政権による「終わりなき戦争」を非難してきた手前、米軍を動かすことには消極的だろう。だがイランや親イラン勢力が米軍の基地や米軍の資産を攻撃すれば、報復攻撃を求める圧力が強まる。

トランプがこの戦争をできるだけ早く終わらせたいと考えていると思われることも、もう1つの要因として考えておかなければならない。紛争が長引けば長引くほど、想定外の事態が起こりやすくなることにトランプ政権は気づくはずだ。

では、ロシアがイランに加勢する可能性はあるのだろうか。現段階では可能性は低いと思われる。昨年末、シリア内戦が大きく動いたときも、ロシアは介入しようとはせず、アサド政権が崩壊するに任せた。そもそもロシアはウクライナとの戦争で手一杯だ。

ロシアはイスラエルの攻撃に対して非難の声を上げたものの、イランの国防を支援するための具体的な行動には出ていないようだ。

サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)といった中東の大国はどう出るだろうか。

両国ともに、国内にはかなりの量の米軍の軍備品があるが、いずれも紛争に巻き込まれることは望んでいない。

両国を含むペルシャ湾岸の君主制の国々は近年、過去数十年間も対立関係にあったイランとの国交回復に動いてきた。その流れを妨げるようなことは誰もしたくない。

イスラエル人は打倒イラン支持

イランは一体どれだけのミサイルやロケット弾を保有しているのか。イスラエルの攻撃直後に行った報復攻撃では、イランはイスラエルの防空システム「アイアンドーム」を部分的にかいくぐることに成功し、民間人に被害が出た。

もし今後も同じような攻撃を行う力がイランにあり、イスラエル国内での民間人の被害が拡大したらどうだろう。ガザとの戦争と人質の犠牲をめぐってネタニヤフに対し不満をいだいているイスラエル国民は、さらなる紛争に踏み出したネタニヤフの判断に疑問をいだくようになるかも知れない。

だがまだその段階にはほど遠い。イランへの攻撃が始まった直後の世論調査によれば、多くのイスラエル国民は、イランの核開発計画を潰すためのネタニヤフの行動をほぼ例外なく賞賛している。おまけにネタニヤフは、もしイランが故意にイスラエルの民間人を標的にした場合には、イランの首都テヘランを「火の海」にすると脅している。

とは言え、世間を驚かすような対抗手段がもはやイランに残っていないのは間違いない。イランの仲間であるヒズボラやハマスはイスラエルの攻撃により大きく弱体化。もはやイランを支援する立場にないのは明らかだ。

この戦争が終わった後の世界情勢も難しい。イランはほぼ間違いなく、核拡散防止条約(NPT)から脱退し、国際原子力機関(IAEA)の査察受け入れも拒否するだろう。

今回イランの既存の核施設を破壊できたとしても、イランが再建するのは確実で、問題はそれがいつになるか、だけだ。

これはつまり、将来的なイスラエルの攻撃を抑止するために、イランが核爆弾を手にしようとする可能性が高まることを意味する。そして中東は今後も、不安定な場所であり続けるだろう。

The Conversation

Ian Parmeter, Research Scholar, Middle East Studies, Australian National University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


【随時更新】トランプ2.0
日々アップデートされるトランプ政権のニュース&独自分析・解説はこちらから
 


ニューズウィーク日本版 世界最高の投手
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年11月18日号(11月11日発売)は「世界最高の投手」特集。[保存版]日本最高の投手がMLB最高の投手に―― 全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の2025年

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、今後5年間で財政政策を強化=新華社

ワールド

インド・カシミール地方の警察署で爆発、9人死亡・2

ワールド

トランプ大統領、来週にもBBCを提訴 恣意的編集巡

ビジネス

訂正-カンザスシティー連銀総裁、12月FOMCでも
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 5
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 6
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 7
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 8
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 9
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 10
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中