コラム

サイバー犯罪に取り組むインターポールを訪ねて

2016年05月09日(月)16時10分

 しかし、オフラインの犯罪が、オンラインに移行している傾向も見られる。インターポールの調べでは、1992年の英国における金融機関への侵入強盗は847件だったが、2011年には66件に減った。日本では1992年に115件だったが、2011年に63件となり、2014年には31件になっているという。おそらく、減った分はオンラインの不正取引に移行している。最近のトレンドではランサムウェア(データの身代金を求めるマルウェア)が増えており、ロックされたデータを取り戻すために身代金を払ってしまう例も増えている。

 ビットコインなどの流通は地下経済を発展させ、オンラインのブラック・マーケットが形成されている。インターポールの調査結果によると、そこでは、例えばDDoS攻撃に必要な下地は週あたり535ドル(約57,000円)で利用可能だという。1時間あたりに換算すれば340円程度ということになる。

 法執行機関は国別に作られているが、犯罪はグローバルになっており、インターポールは24時間、365日、安全な通信システムを通じて17のデータベースを提供するなど、グローバルな世話人役を担っている。

IGCIの成果

 IGCIでの協力はすでにいくつかの成果を挙げている。2015年4月には、世界の77万台のコンピュータに感染していたSIMDAによるボットネットをつぶすことに成功している。マイクロソフトが端緒となる情報をIGCIに提供し、IGCIの調整の下でカスペルスキー・ラボ、トレンドマイクロ、日本のサイバーディフェンスが協力してC&Cサーバーを突き止めることができた。

 2015年12月には、世界の100万台以上に感染していたDorkbotによるボットネットも除去している。この作戦では、IGCIの調整の下、マイクロソフト、ポーランドのCERT、セキュリティ会社のESETが協力した。カナダ、米国、ロシア、インド、トルコの政府機関やユーロポール(欧州警察組織)も参加していたが、当時はロシア機の撃墜問題でロシアとトルコの関係が悪化していたにも関わらず、両国がこの件では協力したことが注目を集めた。

 2001年にサイバー犯罪条約(ブダペスト・コンベンション)が作られ、サイバー犯罪に関する国際協力が求められてきたが、それほど成果を挙げるに至っていない。例えば、同条約に参加しているアジアの国は日本とスリランカだけである。加盟していない国々との間では同条約に基づく協力は期待できない。

 しかし、インターポールにはすでに190カ国・地域が参加しており、アジアでは48カ国・地域が加盟していることを考えれば、IGCIへの期待は当然高まるだろう。

アトリビューションと情報共有

 前回のこのコラムで、サイバー攻撃者のアトリビューションは改善されてきていると書いた。この点を中谷総局長に尋ねてみると、確かにそういう側面は見られるが、高いアトリビューションを持つ国はまだほんのわずかであり、その中でも米国が突出していると見るべきだろうとの見解だった。

 IGCIは加盟各国に情報共有を要請することができる。しかし、課題は言語であるという。それぞれの国で持っている情報は、多くの場合は現地語で書かれている。それをわざわざ英訳して提供する手間と時間、コストを考えれば、大量の情報が瞬時に集まるという状況にはなっていないという。

 それでも、IGCIの強みは、単純な政府間条約に基づく協力ではなく、民間の専門家たちの協力を仰いでいることだろう。各国の有能なアナリストたちがIGCIに乗り込み、彼らが各国のリソースを持ち込みながら英語ベースで協力することで、上記のような成果を挙げることができている。

 結局のところ、インターネットで物事を動かしていくには、実践に基づく成果を挙げることが重要である。高尚なお題目だけでは何も動かない。成果が挙がることが分かれば、共有される情報も増え、好循環が生まれる。IGCIに参加している日本の専門家は、苦労も多いが、滞在を延長したいと言っていた。それだけ仕事がおもしろいということだろう。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

プーチン氏が増税示唆、戦時中は「合理的」も 財政赤

ワールド

全国CPI、8月は前年比+2.7%に鈍化 補助金や

ワールド

トランプ氏、TV局の免許剥奪を示唆 批判的な報道に

ビジネス

ドイツ議会、25年予算を承認 財務相「大きな財政政
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 5
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 8
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 9
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 10
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 5
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story