コラム

ロシアの潜水艦が米国の海底ケーブルの遮断を計画?

2015年10月27日(火)17時10分

海底ケーブルとスパイ戦

 それにしても、本当にロシアが米国の海底ケーブルの将来的な切断を視野に入れて探索活動をしているとすれば、危険な兆候である。

 冷戦時代のソ連と米国との間には、有名なアイビーベル作戦もあった。オホーツク海の海底に敷設されていた海底ケーブルを米国が見つけた。当時の海底ケーブルは、現在の光ファイバーとは違って銅線だったため、通信に応じて微弱な電流が漏れており、それを記録すれば通信内容が再現できた。米国は海底でケーブルに記録装置を設置し、ソ連の通信を記録しては、定期的に装置を回収・交換していた。ソ連はまさかそんなことが可能だとは知らなかったため、通信を暗号化せずに流しており、生々しいやりとりを記録できたとシェリー・ソンタグらの『潜水艦諜報戦』には記されている。

 現在の光ファイバーの海底ケーブルは電流を外に出すことはなく、アイビーベル作戦のような形で通信を傍受するのは不可能だといわれている。米海軍の原子力潜水艦ジミー・カーターが改修され、海底で海底ケーブルに工作活動ができるようになっているという噂話が出たこともあるが、真偽のほどは定かではない。現在の海底ケーブルにはかなりの電圧がかかっており、勝手に海底でケーブルに細工をすれば危険な上に、陸揚局側で簡単に異常に気づいてしまう。

 そのため、米国家安全保障局(NSA)の契約職員だったエドワード・スノーデンが明らかにしたように、政府機関は通信事業者に法的な枠組みを使って協力させ、通信内容を捕捉している。サンフランシスコ市内にあるAT&T社の局舎にNSA専用室があることも、スノーデンより前に暴露されていた。

 スノーデンの暴露は、いずれにせよ、局面を変え始めている。多くの通信が暗号化されるようになり、流れている通信を傍受しても、読む手間が非常にかかるようになってきている。そのため、NSAのカウンターパートである英国の政府通信本部(GCHQ)は、ユーザーの端末から情報を抜き取れるように法制度改定を検討しているという報道も出ている。

通信インフラストラクチャへの物理的攻撃

 しかし、ロシアの目的がケーブルの切断なら、通信の傍受が目的ではない。ニューヨーク・タイムズ紙の記事では、ロシアは修理が困難な深海のケーブルを探しているようだという。その狙いは、一義的には社会的・経済的な混乱であろう。ミリ秒、マイクロ秒を争う金融の世界では、海底ケーブルの迂回や混雑により取引の遅延は大きな金融混乱を引き起こす可能性がある。さらには、軍事的な通信の多くも、軍事専用ケーブルや、借り上げの商用ケーブルを通じて行われているから、そうしたケーブルが狙われれば軍事作戦に影響を与えることにもなるだろう。

 サイバー攻撃やサイバー戦争というとき、我々はコンピュータ・ウイルスやマルウェアによるソフトウェアを考えがちである。しかし、本当にテロや戦争を考えている勢力があれば、物理的なインフラストラクチャを狙うほうが手っ取り早いだろう。無論、物理的な破壊が行われれば、すぐに紛争や戦争へとエスカレートする可能性が高いから、それなりの覚悟がなければできない。

 しかし、だからといってそうした物理的な攻撃がないと想定すべきではない。想定外を想定しなくてはいけない時代であれば、十分に想定内の攻撃だろう。同時多発的に通信インフラストラクチャが襲われた時の対策を練っておく必要がある。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

欧米の開発援助削減、30年までに2260万人死亡の

ワールド

米、尖閣諸島を含め日本の防衛に全面的にコミット=駐

ビジネス

インド10月貿易赤字、過去最高の416.8億ドル 

ビジネス

原油先物が下落、ロシアが主要港で石油積み込み再開
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 3
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地「芦屋・六麓荘」でいま何が起こっているか
  • 4
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 7
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 8
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 9
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 10
    経営・管理ビザの値上げで、中国人の「日本夢」が消…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 10
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story