コラム

個人が直接収益化する「クリエイター経済」が、世界の経済・社会を変えつつある

2021年06月24日(木)18時15分

2020年1月21日、ベルリンで開催された初音ミクのコンサートに集合した熱心なファンたち。ヨーロッパ全域から集まった彼らの中からも、クリエイター経済が生まれている。

<これまで無名だった無数のクリエイターたちが、個人の力によって、ネット上で収益を得る機会が増大し、世界中で「クリエイター経済」が急速に台頭している>

ベルリンはこの20年で、クリエイティブ産業の首都として発展し、ベルリン経済全体の成長をもたらしてきた。現在、ベルリンのクリエイティブ産業を支えているのは46,000 社、23万人の従業員であり、その年間売上高は360億ユーロ(約4兆7,250億円)に上る。

今日、創造性はベルリンの重要な資本の1つであり、アート、ファッション、デザイン、映画、音楽、演劇、メディア、そしてゲームまで、ベルリンを横切るシュプレー河畔は、クリエイティブ産業誘致のホットスポットとなってきた。

しかし、この数年で、世界のトレンドであったクリエイティブ経済の活況に、根本的な変化が生じている。それは、創造性を原資とする企業活動ではなく、これまで無名だった無数のクリエイターたちが、クリエイティブ企業に属することよりも、個人の力によって、ネット上で収益を得る機会が増大し、世界中で「クリエイター経済」が急速に台頭しているからだ。

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2000年以降、ベルリン市は世界のメディアとクリエイティブ産業の誘致のため、シュプレー河畔の土地を外資企業に売り、クリエィティブ産業集積都市をめざした。後に地域住民の猛烈な反対運動が起こり、「メディアシュプレー」と呼ばれた計画は大幅に縮小した。写真はベルリンのフリードリッヒスハイン、シュプレー河畔にある歴史的な倉庫を改築したMTV放送センター/中央ヨーロッパ本部。Photo : Jörg Zägel 、CC BY-SA 3.0


クリエイター経済とは、ブロガーからインフルエンサー、YouTuber、ライターに至るまで、独立したクリエイターによって構築され、自分自身というキャラクター、スキル、またはコンテンツを収益化するための経済圏を意味する。また、コンテンツ作成ツールから収益プラットフォームまで、クリエイターにサービスを提供している企業も含まれる。勢いづくクリエイター経済を支えているのは、自らのコンテンツをより直接的に収益化するためのエコシステムである。

分散化ドロップアウト

ブロックチェーンや暗号通貨、クリエイター経済、リモートワーク、マイクロ・スクール、メタバースの共通点は何か?それは、人々が既存の「社会システム」、つまりこれまでの制度から離れて行く現象である。貨幣制度、大手銀行、マスメディア、産業教育、9時から5時までの就業時間、雇用環境などからのドロップアウトは、人々が自らの主権を取り戻そうと努力する分散化の動きを指し示している。

これはヒッピーが都市から脱落して森の中で暮らすような話ではない。クリエイター経済を後押ししているのは、制度への不信感の高まりと、自分の意思で充実した人生を送りたいという願望である。

新しい点は、既存の制度からの脱却が、ブロックチェーン・ベースのトラスト・システム、ソーシャル・ネットワーキング・プラットフォーム、コワーキング・スペース、オンライン・コミュニティなどのツールやつながりの増加を伴っていることだ。

つまり、私たちが目にしているのは、インターネットの黎明期にあったサイバー・リバタリアンの理想が復活したような光景なのだ。クリエイター経済は、個人の表現を民主化するプラットフォーム、マーケットプレイス、ツールで構成されており、独立したクリエイターが自分の夢や情熱で生計を立てることを可能にするもので、従来のクリエイティブ産業からのパラダイムシフトを意味している。

主権を持ち始めたクリエイター

この数十年の間に、世界は物質ベースの経済から、デジタルと情報ベースの経済へと移行した。2000年代に入り、情報量が爆発的に増加したことで、人々の「関心事」はより希少で貴重なものとなり、私たちが注目する事柄やデータ・プライバシーを広告主に売ることと引き換えに、多くのデジタル製品やサービスが無料で提供されるようになった。

無料や広告付きの製品についてよく言われる格言が、「製品にお金を払っていなければ、あなたが企業の製品である」ということだ。プライバシーに関するスキャンダル、クリックを煽るような見出しに隠されたフェイクニュース、メンタルヘルスへの影響など、巨大なプラットフォームには問題が山積してきた。

大規模なテクノロジー・プラットフォームは、エンゲージメントを高めるために、クリエイターを自社のプラットフォームに留めておきたいと考える。しかし、かつてはゲートキーパーの意のままになっていたクリエイターたちは、自分のコンテンツをより直接的にマネタイズして、全体の収益のパイを大きくする方法を模索している。このままいけば、大手プラットフォームからクリエイターが離散していくことは避けられない。

ソーシャル・ジャイアントは、個人が多くのフォロワーを集めることを可能にしたが、ソーシャルメディアに関わる人には直接的な収益化の手段はほとんどなかった。YouTubeは例外で、広告収入の55%をクリエイターに与えてきたが、レベニュー・シェアは全くなかった。ちなみに、YouTubeの3,100万チャンネルのうち、約100万人のクリエイターが10,000人以上のチャンネル登録者を抱えている。

プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

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