コラム

カビが植物に感染するメカニズムに新発見、硬い表面を突き破って侵入する力の正体が明らかに

2026年02月20日(金)19時00分
カビの生えたオレンジ

(写真はイメージです) Nancy Hughes-Unsplash

<農作物に甚大な被害をもたらすカビはどうやって植物の硬い表面を突き破って侵入するのか。理研や金沢大、パリ=サクレー大学などの国際共同研究チームは、その仕組みについて、これまでの定説を覆す発見をした。バイオマテリアルの開発に応用できる可能性も>

冷蔵庫の野菜室の端にある使い切れなかった大根や、正月明けに余った餅に青カビを見つけて「食べ物を無駄にした」と落ち込んだり、「ここを削ればまだ食べられるのかな」と悩んだりした経験がある人は多いでしょう。

「食べ物にカビが生える」ことは個人の体験でもショックなことですが、世界の農業に目を向けるとさらに深刻です。植物の病害はカビ(植物病原糸状菌)によるものが約8割とも言われており、収量を減らしたり、人畜に有害なカビ毒を産出したりすることで被害を生じます。カビを防ぐために使う殺菌剤(農薬)の環境への負荷や、耐性菌の出現も問題になっています。

このような状況を救う端緒になるかもしれない基礎研究が、理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター植物免疫研究グループ、金沢大学理工研究域フロンティア工学系/ナノ生命科学研究所、パリ=サクレー大学などによる国際共同研究グループによって行われました。

研究者たちは、カビが植物に付着し、侵入するときに作る感染専用の細胞「アプレッソリア(付着器)」が植物表面の硬い細胞壁を突き破るために利用する「高い膨圧」の発生に必要な遺伝子を発見し、膨圧の制御メカニズムを解明しました。研究成果は科学雑誌『Science』のオンライン版に12日付で掲載されました。

膨圧の制御と作物のカビからの防御はどのように結びつくのでしょうか。概観しましょう。

求められる一層の防除

日本でとくに植物のカビ害で問題視されているものに、イネいもち病菌や炭疽(たんそ)病菌があります。

イネいもち病菌はその名のとおりイネに甚大な被害を与えるカビで、世界的に最も重要な植物病害の一つとされています。イネの全生育期間で根以外のすべての部分に感染する可能性があり、葉や穂を枯らして収量を減らしたり食味を落としたり、ひどい場合は枯死させたりします。

近年は、アフリカや南米を中心に被害が拡大しているだけでなくコムギへの感染も報告されており、さらなる防除対策が求められています。日本では2000年代になって、広く使われている殺菌薬(農薬)に対する耐性菌が相次いで発見され、問題となっています。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

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