では、どのようなメカニズムで、PKS2PBG13を破壊した炭疽病菌では通常の炭疽病菌と比べて膨圧が下がるのでしょうか。

研究者らは、アプレッソリアの細胞壁がどれくらい大きい分子まで通すのかを孔(あな)サイズで評価しました。その結果、通常の炭疽病菌では分子量約140以上の分子を通さず0.4~1.7ナノメートル程度と推定されたのに対し、PKS2PBG13を破壊した炭疽病菌では分子量が10000の分子も透過させ5ナノメートル以上と推定されました。

つまり、PKS2PBG13は半透膜として機能する細胞壁の孔サイズを縮小し、分子量の大きい物質が透過するのを止める役割(分子量の大きい物質がアプレッソリア内に留まると、浸透圧で水を吸収して高い膨圧が発生する)を担っていることが示されました。

さらに検証を進めると、膨圧形成に必須な二次代謝物生合成酵素ペアであるPKS2とPBG13が同定できました。また、PKS2とPBG13はジヒドロキシヘキサン酸(dihydroxyhexanoic acid:DHHA)のポリマー(重合体)を生合成していました。

よって、DHHAポリマーは、アプレッソリア細胞壁の孔サイズを縮小させることで浸透圧を調整する大きな分子量の物質の流出を防ぎ、高い浸透圧および膨圧の形成に寄与することが示唆されました。これまでの定説を覆す大発見です。

バイオマテリアル開発への応用にも期待

本研究の意義は、炭疽病菌やイネいもち病菌という農作物に重大な病害を与えるカビの感染時のメカニズムの一端を分子レベルで解明したことだけではありません。従来の殺菌剤ではなくPKS2、PBG13を標的とする阻害剤を使えば、病原性のみを抑制することで耐性菌の出現を抑えられるかもしれません。加えて、高い膨圧に耐える半透膜構造であるアプレッソリアの細胞壁について今回得られた知見は、バイオマテリアルの開発に役立てられる可能性があります。

今回の研究の責任著者である白須グループディレクターは「炭疽病菌のゲノム配列決定からスタートし、約15年にわたって積み重ねてきた研究の成果。ゲノム解析と生化学を組み合わせることで、新たなブレイクスルーが生まれることを示した好例だ」とコメントしています。

収量減少、枯死などによって食糧難を引き起こすカビ害は、世界的に解決すべき課題です。日本が主導した「膨圧制御の解明」の研究は、現状を改善する鍵となるかもしれません。なお、大根や餅などに生えた「意図せぬカビ」は、目に見える部分を取り除いても菌糸が奥まで入り込んでいたり、熱に強いカビ毒が全体に広まっていたりする可能性があります。迷わずに捨てましょう。

ニューズウィーク日本版 台湾有事の新シナリオ
2026年4月21号(4月14日発売)は「台湾有事の新シナリオ」特集。

米・イラン戦争で変わる地域紛争の「大前提」/石油危機を恐れるべき理由

※バックナンバーが読み放題となる 定期購読はこちら
※画像をクリックするとアマゾンに飛びます